1962年に米国人として初めて地球周回軌道を飛行した宇宙飛行士ジョン・グレンの功績を影で支えた、NASAの3人の黒人系女性スタッフ、キャサリン・ジョンソン、ドロシー・ボーン、メアリー・ジャクソンの知られざる物語を描いたドラマ。ソ連とアメリカの宇宙開発競争が繰り広げられていた61年、米バージニア州ハンプトンにあるNASAのラングレー研究所に、ロケットの打ち上げに必要不可欠な計算を行う黒人女性グループがいた。なかでも天才的な数学の才能をもつキャサリンは、宇宙特別研究本部の計算係に抜てきされるが、白人男性ばかりのオフィス環境は、キャサリンにとって決して心地よいものではなかった。一方、ドロシーとメアリーもそれぞれ、黒人であるというだけで理不尽な境遇に立たされるが、それでも3人はひたむきに夢を追い続け、やがてNASAの歴史的な偉業に携わることとなる。キャサリン役で「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」のタラジ・P・ヘンソンが主演し、ドロシー役を「ヘルプ 心がつなぐストーリー」のオクタビア・スペンサー、メアリー役を「ムーンライト」などにも出演している歌手のジャネール・モネイが演じた。監督は「ヴィンセントが教えてくれたこと」のセオドア・メルフィ。ミュージシャンのファレル・ウィリアムスが製作と音楽を担当。(映画.comより)
いつの世にも、素晴らしい才能を持ちながら埋もれてしまう人材はあるものです。しかしながら、もしそれを素直に認め、生かせることができたなら、その人の人生を輝かせるだけではなく、大きな視点からも人類の発展に寄与することにもなるはずです。そんなことを考えさせられるお話でした。
1960年代、アメリカにおいてまだまだ黒人全体の地位が低かった頃。バスに乗るにも後ろの座席に限られ、トイレは分けられその数もうんと少なかった時代。それでも同じ人間ですもの、抜きんでた才能を持った人は現れるものです。この映画での主人公は才能のある女性3人。特にキャサリンは幼少時からその才能を見いだされ、飛び級で高校へ通うも黒人女性が行ける大学がなく、家族で引っ越さなければなりませんでした。でも、ある意味そこまでしてくれる家族がいたことはラッキーだったかも。60年代なら日本でも「女は飯炊きだけできればいい」などと言って学校へやらない親もいくらでもいましたから。
ともかく、nasaでも華のある宇宙飛行士にばかり注目が集まった時代(いまでもそうでしょうが)。彼らが宇宙に飛び出すためのバックグラウンドを整えるためには、今みたいなコンピューターがなかった時には人間がすべて手計算していたのですから。また、できたてのIBMコンピューターを入れたはいいが、うまく扱える人材がなかなかいない。そんなとき、独学でそれを勉強し、動かなかった初期のコンピューターを作動させたドロシーは、黒人女性ばかりとはいえ一つの部署を統括していたにもかかわらず、功績を無視され続けていました。もちろん、許可がなければそんなコンピューターの部屋には入れません。でも、こっそり入って見事に動かしてしまいます。やがてやって来た男たちは「これこれ、掃除係が勝手に入ってはいけません」などと声をかけるのですが、頑として動かなかった機械が動いていることに驚嘆するのです。
本当に、今の時代に島国でのほほんと生きている私たちには信じられない逆境にいながら、決してひるまず、明るく、そして凝り固まることなく(例えば普通に結婚して子供がいたり、とか)頭角を現していった彼女たち。すごいの一言です。自分は凡人なので、まさかこのような才能はないわけで、「自分も鼓舞される」なんてことはないのですが、やっぱりほんとうにすごい人って、世間にひがむことなく努力を続けるんだなぁ、と思っている次第です。
もう一人、このあいだ亡くなられた宇宙飛行士のジョン・グレン氏。彼もチャーミングに描かれてましたね。こういう風に描かれるということは、ご本人もきっと肌の色や性別にフェアな人だったのでしょうね。「名人、名人を知る」というところでしょうか。すごいなぁ、やっぱり、抜きんでている人って、あらゆるところで突出しているのですね。そんなことに感心した次第です。
時代が時代だっただけに、男性陣も悪意があったわけではなく「無自覚な差別」が存在していただけで、それを一つづつ認識して乗り越えて行くことが真の平和(?)につながるんだろうなぁ、って思います(偉そう?ごめんなさい)。
なかなか爽快な映画です。おすすめです。
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