mixiユーザー(id:12410478)

2017年12月25日06:52

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努力とは。。

いろいろ言いたいことがある記事です。

まず、
「出世と貢献度は、あまり関係がない」
これは、言いたいですね。

たとえば、企業。上役に胡麻をするなどではなくても、いわく言い難い力により、出世する人は出世しています。
昇格してからうまく行かなくても、責任を取らない、取らせないということも多いでしょう。

就職も同じです。
院生のころの前後数学年をみても、
一番優秀だったヤツは、ぼくの河合塾の同僚です。
優秀だった人で国立の教授になっている人もいますが、明暗を分けたのは、決して努力ではありません。

まあ、ニーズに合ったことをする…という側面もありますが、そういう出世のための努力ができる人、できない人やあえてしない人がいます。後者の方がスケールは大きいですね。一般論ですが。

それから、
「努力と向上心は別モノ」です。
ニーチェが、『善悪の彼岸』等で述べたように、たとえニーチェがいう、キリスト教との絡みではなくても、「奴隷の道徳」というものは確かにあります。同様に、「奴隷の努力」もあります。
根本的に自分を向上させるような努力ではなく、その場を糊塗する努力です。

そして、その場を糊塗する「奴隷の努力」をやればやるほど、人間はダメになります。

たとえば、私の稼業の大学入試で、文学史の暗記があります。読んでもいない本と作者の名前を暗記する…単なる卑怯ですが、これが好きな人がいます。
「(出題者の)期待に応えている」という自己肯定感があるのでしょう。
まさに奴隷そのもの。

仮に、
『東京漂流』 → 藤原新也
『書を捨てよ、町へ出よう』 → 寺山修司
こういう出題ならば、分かります。

しかし、
『蒲団』 → 田山花袋
『友情』 → 武者小路実篤
などと言うのは、「奴隷の道徳」ならぬ、「奴隷の知識」です (爆笑)
本読みならば、そういう文学史でしかないものの価値が限りなくゼロであることに気づくべきですし、もっと言うと近代文学史が偏向している(文壇の流れでしかない)ことに気付いてほしいものです。

しかも、ほとんどの場合、読んでおらずカードで暗記するのですから、
一種のカンニングです。

ある中國通の友人が、
「小学生の頃は、中國人より日本人ができる。高校大学に行くにつれ逆転するのは、日本人は『お前はバカだ』といわれ続けるからだ。」
といっていました。
納得です。

私は、「お前はバカだ」といわんばっかりの教育は、決してしません
だから、文学史の暗記は、配点が少ないのでやめさせます。「しかし」の後が重要だのという、マニュアルを使って、解くのも同じです。
本文をロクに読ませないのは、「お前はバカだ。正攻法で行っても勝ち目はない」というのも同然です。
その上、こういうマニュアルは、決して点を取る上で有効ではありません。

特段、偉いことでも何でもなく、
これが普通だと思いますが、
普通が少ないのは残念です。



ロスジェネ世代における「努力」とは!? 「時代や社会のせいにするのは当たり前」vs「そもそもの努力が足りない」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=85&from=diary&id=4917631
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