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2017年09月06日16:51

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日本は決して愚者になってはいけない

日本が核兵器をもつ、などということを私は認めない。

今、安易に「日本も核武装すべきだ」ということを言う人がいる。
それは本当に問題解決のための方法として正しいのか?答えはNOだ。

日本はかつて、広島と長崎に原爆を落とされて苦しんだ国ではないのか?これまでずっと核兵器の廃絶のために努力してきた国ではないのか?(もちろん、核実験や劣化ウラン弾で苦しんでいる人たちが世界中にいることも忘れるわけにはいかない)。
放射性物質は自然の理の中にあるものであり、そのすべてを否定する気はない。たとえば、安全な管理ができるのなら原子力発電に反対するつもりは、ない。

私が自発的な戦争を決して肯定しないのは、それが「人殺しの正当化」だからだ。ひとを殺してしまったとしても、正当防衛なら、まだ納得はできる。が、自分から、殺しに行くのは私には理解できない。
戦争になってしまったときに、戦争反対を叫んでも意味はない。反対するよりも、戦争をさせない、ひとを傷つけない努力をすべきだ。
でも、戦争になったときに、逃げ回るのはどうなのか。少なくとも太平洋戦争で戦った大日本帝国陸海軍の将兵に対して、私は悪い感情をもっていない。それどころか、彼らが勇敢に戦ってくれたことに敬意を表している。

さて、核兵器だが・・・
日本が「持つ」ということは、これまでの核廃絶への努力はどうなるのか?
日本に賛同してくれていた非保有国はどう考えるだろうか?
そして、日本を敵視している国はどうするだろうか?
これまで、非保有国の連帯に守られてきた日本の安全はどうなるのか(アメリカの核の傘も否定はしないが、それ以上に日本を信頼してくれていた数多くの国の連帯が日本を守ってくれている、と私は考えている)。
私は武器をもって威張っている人間は尊敬しない(そりゃ怖いとは思うよ)が、理性をもって人に危害を加えない人物とは対等につき合いたいと思う。国同士でも同じではないのか?

かつて、戦争で戦ってきたひとびとの中には「俺は人殺しをしたんだ」と考え、終生良心の呵責に悩んだひとも少なくない。
逆に、空襲で助かった話を聞いても「自分が助かってしまった」ことに後悔している人もいる。
攻撃的な人たちは、日本の核保有を主張する人たちは、それを望んではいないだろう。
ただ、知らないか、理解していないか、どちらかだろう。

やなせたかし氏が生前、おっしゃっていたように「ヒーローは悪者をやっつける人ではない、困っているひとを助けるのがヒーローなんだ」と、考えることはできないのか。

戦争は、決してゲームではない。
だからこそ、政治的・外交的な解決を、私は心から望んでいる。

<北朝鮮核実験>規模「160キロトン」…防衛相が上方修正
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=4752442
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