せわしなく過ぎ去りし時の中で、ついつい忘れてしまうこと。
何気ないことの中に幸せが詰まってる。
私は10代から20代にかけて、とにかく普通であることが大嫌いでした。
他人と同じことが嫌で嫌でたまりませんでした。
だからサラリーマンにだけは絶対にならないと決めていました。
他人と違うことで自己を確立していました。存在意義を感じていました。
でも、違いました。
とんだ勘違いでした。
何よりも普通であることがどれほど幸せなことか、痛感しました。
例えば普通にご飯を食べている時、そこに幸せを感じているでしょうか?
有り難みを感じているでしょうか?
何気ない日常の中に幸せって沢山散らばっているんです。
歩けることがどれほど幸せか、他にも例を挙げればキリがありません。
すべてが、すべてが幸せの種子なんです。
眠れることがどんなに幸せか。
それは、その逆である不眠を経験したからこそわかること。
確かに、生きていればしんどいことも多い。
どうしても乗り越えられなければ、逃げてしまえばいい。
投げ出してしまえばいい。
私はそうしてきました。
負け犬だと後ろ指を差されて笑われてもけっこう。
ただ、どんなに辛くても自殺はダメだ。
寿命は神のみが決められること。
我々には自ら命を絶つ権利はない。
絶対にダメ。
苦しいときは助けを求めよう。
必ず救いの手が現れるから。
死んだら何もかも終わるだなんてとんでもない話だよ。
何も変わらないよ。
唯一つ違うのは肉体を持っていないということ。
肉体を持っていれば嫌なことも時間が解決してくれることもあろう。
しかし、肉体がなければ、死の間際に感じた恐怖や絶望感にずっと苦しめられることになるよ。
だってあの世には時間なんてものはないんだから。
死んだことに気がつけばまだマシ。
中には死んだことに気がつかずに、地上の人間に憑依しては自殺を繰り返す霊もいる。
9月は18歳以下の自殺が一番多い月だそうです。
自殺絶対ダメ。
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