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2017年07月08日09:39

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マスターができるまで ナツコの恋 終

母はしゃがみ込んでいるナツコをゆするようにし
『ナッちゃん。
あんた、いつからそこにおったん』
と言った。
ナツコは黙ったまま目頭を押さえていた。
父がそんな母を
『そがに、やぁやぁ言うな。』
と止め、
『えかったの。
お前の努力のかいがあってシノハラの罪、はれたがな』
と言った。
ナツコは
『わたし、、』
と湿った声を出した。
それは嬉しいのやら悲しいのやら判然としない声音だった。
ハルキが
『ナツコさん』
と父と母を押しのけるように前に出て来て
『君の力で今回の事件、えん罪をおこす事なく解決を見そうだよ。
ありがとね』
と言い、
『ほら。
預かっとったこれ、返そう』
と、鞄の中から、備前焼の破片をとりだした。
それこそ、ナツコが警察に持っていったシノハラさんの作品の一部だった。
母が
『あ』
と言いハルキの顔を見た。
『ほら』
といくらハルキが言っても、ナツコは受け取ろうとしなかった。
父が
『いらんのんか?』
と聞いた。
ナツコは黙ったままだった。
母が
『記念じゃが
持っときなせ』
と言った。
しかしナツコは黙ったままだった。
その場にいるものは俺を除き、みんな困ったような顔をした。
そのうちナツコは
『あ。
いけん!』
と明るい声を出したかと思うと
『もうこんな時間じゃ!
二階の掃除も出来とらん。
急いでで仕度せんと!
立ち聞きやこしてすいませんでした
先生。
先生もはやくお仕度を願いますよ
今日はミヤケのお婆ちゃんが入歯の型をとりにお見えになる日ですからね。』
と言い二階への階段を足早に登って行った。
その顔には笑みが浮かんでいた。
古中刑事が
『可愛いお嬢さんですね』
と階段を登って行くナツコの白い足を仰ぎ見るようにして言った。
俺はそんな古中刑事の脇腹をつつき
『スカートの下からパンツ覗きょうる。この刑事さん』
と囃した。
母が
『これ!』
と俺を嗜め、ハルキが
『お!
覗きは犯罪じゃ』
と言い、古中刑事が
『覗いとりゃへんです』
と赤面しながら無罪を主張した。
玄関があいて塩辛のような顔をしたお婆さんが入って来た。
お婆さんは
『センセ。
ええ入歯してつけぃよ。』
と言い、
『ナッちゃんや。
おせんべ持ってきて上げたぞな』
と言いながら二階へ上がっていった。
それをきっかけに白衣を着ると父も二階へ上がって行った。
そしてハルキ達も帰って行った。
母が
『アンタもいつまでも大人をからかいばぁせんと。勉強しなせ勉強!
今日は遊びすぎじゃ!』
と言い、台所の方へ去って行った。
俺は返事をせず、誰もいなくなった応接間のソファの上で
『じゃからですね、指紋が二個あってですね』
とか
『これが八木さんを殴った時の指紋。
へぇで、こっちが壷をもっとった時の指紋です。
最近はいちいち指紋に名前やこ書かんでもええんですわぁ。
何でか言うと科学捜査言うもんが発達してですね、、』
などと古中刑事の声色をまねて一人芝居をした。
そして
『ふん
アホらし
なんが科学捜査じゃ!
なんぼ科学捜査が発達してもシノハラ先生の心のウチまではわからんがな!
ナッちゃんをどうにかしてやる事はできんがな!
科学捜査、科学捜査て偉そうに抜かすな!』
と悪態をつき、はずみに、テーブルを叩いた。
その時、ハルキが置いたままにして行った、備前焼の破片がコロコロと俺の方に転がって来た。
俺は
『あ!』
と思ったが、指紋もクソもあるか、と思いなおし、それを素手で掴んだ。
ちょうど俺のつかんだ面がシノハラさんが創意工夫をこらした緋ダスキの最も赤い部分だった。
緋は右上から斜めに若干のかすれを見せながら走っていた。
それは切なさを催させるような赤の色だった。
俺はそれを見ているうちに一時おさまっていたナツコへの憐憫が再燃して来そうになった。
俺はチラチラと焼き物の方へ視線を走らせつつ
『科学捜査にも大きな欠点があってですね、、、
それは科学の力でもいかんともなしがたいんですよ』
と、今度はハルキの声色をまね、大げさな身振り手振りで一人芝居を再開した。
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