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2017年07月07日08:46

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だから、体育会は、嫌いだ。

豊田真由子の事件について、いろいろ、考えました。

まあ、一番びっくりしたのは、子どもの死を引き合いにして、ミュージカル風の節をつけて罵っていることです。
たとえば、ぼくは、
「お父さんがお亡くなりになったら、世田谷の実家に住むの?」
という話を友達に出来ません。
内容は同じでも、
「遠い将来は、世田谷の実家に住むの?」
と聞きます。人の死をあからさまに口に出せないからです。

子どもを持っている人が、相手の子どもが車に轢かれるなんてひどいことを、想像できるか? それを口に出せるか?
信じられないとは、このこと。

生まれ持った酷薄な性格? 桜蔭や東大法学部の教育が悪い?

それも、大いにあるでしょう。
人によりますが、東大のエリート意識はすさまじいものがあります。、桜蔭は、教師が自分よりバカに見えますから、反省ということをしたことがない子もいます。
しかし、
このコラムが、最も説得力があります。

つまり、階級によって正当化される、それが正しいということになるということです。

幼稚園のころ、女の人が、お医者さんの前で裸になれるのが、不思議でした。
いたいけな幼稚園児のぼくがスカートをめっても((笑)
「キャー、やっちゃん、エッチ!」
と金切り声を上げるのに。
同じ人とは信じられない。

また、大学生のころ、戦前、満州に写真交換だけで嫁ぐ花嫁がいたのを知って、大いに考えさせられました。
表面だけ捉えると、売春のようですし、
男性側にしても、相手がとんでもない女だったというリスクがあるわけですが、
とにかく、夫と閉じられた二者の関係に入るのですから、悪いことではないし、
逆にいえば、恋愛によって相手と結ばれる…という関係は、よく考えてみたら、それほど神聖なことでも、正当なことでもない、自分の勝手だなどと。
叔母にその話をしたら、
「見合いの方が、夫婦仲がいい。写真で決めるのは、言わば、見合いの中の見合い。案外うまくいったりするのが、人生の不思議だ。」
という話をしていました。

今から考えると、
医者の前で裸になるのも、写真見合いも、「正しい」とされていることだから、出来るのですね。
下着と水着のようなものです。
下着と水着の差は、生地の厚さではなく、記号学的な記号の問題です。

もちろん、官僚や議員の中でも、豊田のような酷薄非道な人間は、例外でしょう。

しかし、豊田を育てた「体質」は、反省されてしかるべきものがあります。




■北原みのり「『この、ハゲー!』で見えた階級とジェンダー」
(AERA dot. - 07月07日 07:02)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=173&from=diary&id=4656038
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