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2017年04月20日06:32

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新解 如来神力品第二十一−13(P554)

ニ門理一(にもんりいつ)
ですから、迹門に説かれてあることも、本門にあることも、究極においてはおんなじ原理にもとづくものであるというので、このことを「ニ門理一」といい、仏さまの全身から出た光が、十方世界のありとあらゆる暗黒を消滅させてしまったという随相には、このような深い意味があるとされているのです。
 また、釈迦牟尼仏が広長舌を出され、毛孔放光されると、諸仏もいっせいにおなじく広長舌を出され、毛孔放光されたというのも、真理は一つであるということを象徴しています。そして、仏の数は無数であっても、すべておなじ真理を悟ったおかたであるということを表しているのです。
 真理は真理を呼ぶ。真理と真理は共鳴し合う。真理と真理は一つに溶け合う。・・・釈迦牟尼仏の全身から尊い光がさしいでると、たちまち無数の仏のおからだからもおなじような光がは放たれ、それが一つに溶け合ってこの宇宙全体を輝くほどに照らしだした・・・これこそ、「法華経」を信ずるものが究極の理想とする「全人類成仏、娑婆即寂光土」の姿でなくてなんでくぁりましょうか。そう理解して読みかえすと、この短い一節がどんない尊いものであるかが、しみじみ感じられることと思います。


昨日は、会社の帰りに打ちっぱなしによって帰りました。
土曜日コンペにしては、完成度低いですが・・・
わっはっは
ってな感じの
木曜日です。
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