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2016年12月07日13:19

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岡山探訪 第238回 安住院の多宝塔

城跡探訪と共に見学研究している史跡に「塔建築」がある。
地震国の我が国にあって全国各地に建てられた五重塔や三重塔は倒壊する事無くびくともしない。
そんな古来から伝わる我が国の高い建築技術に敬意を示したい。
そこで県内外の塔建築を色々と紹介してみよう。

さて、岡山市内一番の代表的な塔建築は操山の北西麓に見る「安住院の多宝塔」だ。
ここは子供の頃から通学路の途中にあり、何度も訪れた事のあるなつかしい場所になる。
この多宝塔は岡山後楽園の借景として有名で、後楽園からは約1.5キロも離れているが、岡山市民にとっては愛着を感じる塔建築である。。

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「安住院」(あんじゅういん)
山号:瓶井山(みかいさん)
宗派:真言宗善通寺派
本尊:千手千眼観世音菩薩(秘仏)
瀬戸内三十三観音霊場第十二番札所、岡山八十八箇所霊場第五番札所(大師堂)

寺伝によれば奈良時代の天平勝宝年間(749年〜747年)に報恩大師が禅光寺を創建したと言われ、安住院は禅光寺の本坊になる。
しかし、文明10年(1478年)仁王門以外を火災で焼失。
江戸時代初期の慶長6年(1601年)初代岡山藩主となった小早川秀秋により本堂が再建され、その後も池田家の庇護の元、各種の院、御堂など塔頭を再建。

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「仁王門」
室町時代中期の康正2年(1456年)により建造され、建造年代のはっきりしている楼門としては県内最古になる。
総朱塗りで「瓶井の赤門」と呼ばれるが、今では老朽化により色落ちしている。
子供の頃に見たこの「赤門」はあざやかな色だったのに・・・
桁間6.7m・梁間3.6mの八脚楼門。

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鐘楼
門型の建築様式で真下から鐘つきが出来る。

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本堂
江戸時代初期の慶長6年(1601年)岡山城主・小早川秀秋により築造。元は山腹にあったが江戸時代後期の寛政12年(1800年)に現在の地に移築した。当初は正面五間、側面六間の平面であった。木造、入母屋造り、本瓦葺き。

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「多宝塔」(尊勝宝塔)
江戸時代前期の元禄年間(1688年〜1704年)岡山藩主池田綱政が後楽園の借景として築造させ、次代の池田継政の時に完成。
高層建築が立ち並ぶ以前は旧市街の各所から見えたと伝えられ「見返りの塔」と呼ばれる。
総高19.97m、桁間・梁間とも5.67m、相輪の高さ5m、三間多宝塔、本瓦葺で岡山県内2番目の規模になる。

じっくり眺めると味わいを感じてしまう。
今後も県内外の塔建築を色々と紹介したい。


・過去に見学した塔建築
備前/西大寺観音院、金山寺
備中/備中国分寺
備後/福山・明王院、尾道・天寧寺
出雲/安来・清水寺
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