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2016年11月04日22:56

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「中世の領主として男色に興味関心がないのは、よろしくないことだ」というのが当時の常識らしい

『看聞日記』応永二十九年(一四二二)三月十九日条(現代語訳)
 稚児の洪得を引き留めて、皆で乱碁(らんご)を拾うなどして遊んだ。
 その後、椎野と蔭蔵主がクジを引いた。椎野には洪得、蔭蔵主には同じく稚児の聖乗が当たった。それぞれのカップルが今夜、寝所を共にするという。
 私は男色(なんしょく)に関して才能がないので、この奪い合いには参加しなかった。よろしくないことだ。

花見のついでに椎野(貞成の異母弟・僧)と蔭蔵主(臨済宗の僧)がクジを引いて、今晩のお相手を決めた。この伏見宮の当主である貞成は、このクジ引きには参加しなかった。

僧と稚児。これはまぁよくある関係。でも面白いのは、中世の皇族である伏見宮貞成の自分自身に関する自省の言葉。

「私は男色に関して才能がない」、原文には「予、非道に才学なし」とある。非道は男色のこと。男色はいうまでもなく同性愛。ただしホモと違い、中性的な稚児への愛。

貞成は稚児を愛さない、いや愛せない。
貞成は女性に関しても一途で、妻の庭田幸子、一本槍。妾もいない。

そして「よろしくない」の原文は「比興」。
中世の領主として、男色の一つも嗜まないのは、品格に欠けるとでもいうのだろうか。

現代ではいささか理解しがたい感覚である。

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