マイミクの皆さんにとっては、何度も聞かされた話だと思うのですが、初めて聞く方々のために書きます。
この世での寿命が尽きて、肉体を脱ぎ捨てたたましいは例外なく霊界に行きます。
但し、中にはこの世への未練や執着から幽界の最下層、即ち地上に最も近い境涯で他人に憑依したりしてうろつきまわっている霊もいます。
まず亡くなって真っ先に訪れるのが幽界。
そこはまるで地上の写し絵のように、地上とそっくりです。
なぜそっくりなのかといえば、死後のショックを和らげるための神の図らいです。
人によって個人差はありますが、多くのたましいは遅かれ早かれ自分が死んだことを自覚します。
そして生前自分がどんな行いをしてきたかすべてを見ることになります。
その後各々の波長に合った境涯へと向かいます。
そこがいわゆる霊界になります。
ある程度成長しているたましいは、幽界へは行かずに真っ直ぐ霊界へくる場合もあります。
そこでは仕事があります。
仕事といっても地上のようにお金を稼ぐための仕事ではありません。
各々に合った仕事が与えられます。
例えば、地上時代に子供に恵まれなかった女性は、幼くして霊界に来た子供の世話をしたりしています。
霊界には時間がありません。なぜなら、地球のように自転や公転をしておらず、太陽もないからです。
時間は人間が作ったものです。
従って昼や夜といった区別がありません。季節の変化もありません。
物理的な空間というものも存在しません。行きたいところへは念じるだけであっという間に行けます。
霊界もいくつもの階層に分かれていて、各々相応しい階層で生活をします。
下の階層へは行けますが、上の階層には行けません。
上の階層に行くにはたましいを浄化向上させる必要があります。
上には更に上の、下には更に下の階層が繋がっています。
無限です。
霊界では、波長の法則により、自分と同じ波長のたましい同士が集まり生活しています。
地上では、様々な波長を持つ人達が一緒に生活しています。
だからそこに学びや気づきがあるのです。たましいを磨くことができるのです。
この世への再生はあります。
それは、カルマの清算のために再生するたましいと、自ら志願して再生してくるたましいとがあります。
多くのたましいは、霊界の素晴らしさを味わったら二度と地上に生まれたくはないと思われることでしょう。
それほど霊界は素晴らしいのです。
地上では死を忌み嫌う人もいますし、悲しむ人もいますが、霊界では死は祝福すべきことです。
霊界こそが本来のたましいの住処なのです。
地上はあくまでも仮の場。
たましいを磨くためのトレーニングジムのようなものです。
だからこそこの世は艱難辛苦に満ちているのです。
それが当たり前です。
傷つき、悲しみ、苦悩を抱えるのも至極当然。
闇を知るから光を知ることができるのです。
ドン底まで落ちれば、その分上昇できます。
恐れる必要はありません、どんなに追い詰められても、たましいまで奪われることはありません。絶対です。
希望を持って生きましょう、いずれ今の肉体とはお別れするのです。待っています、輝ける世界が。
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