このところ、小林信彦が書いた評伝『おかしな男 渥美清』を読んでいる。
壮絶な人生だったようだ。前半生は全く不明で、どうも本当にヤクザかテキ屋をやっていたらしい。
渥美が森繁久弥を慕っているなど、懐かしいコメディアン・俳優の話もたくさん出てくる。
そこで意外だったのは、米沢出身の伴淳三郎がセコイ男で、政治的にずる賢く動いていたということ。ちなみに伴淳のお墓は大学の近くにあります。
それに天才的なコメディアンだったフランキー堺の後半生は不遇で、写楽の映画化にとりつかれていたというのも、初耳だった(というより、僕が芸能界に疎いだけだろうけど)。
死後、国民栄誉賞を受賞するが、渥美の息子が「僕は渥美清の息子じゃない。田所康雄の息子でです」と言って、授賞式に出るのをいったん拒否したという話も印象的。
そして渥美清は、死ぬまで、自分が車虎次郎と同一視されることを嫌っていたそうだ。
「国民的スター」というのも、実はとてもつらいものだったらしい。
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