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2016年07月31日20:57

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膵臓癌だったか。転移が進んでいたのだろうか。

大相撲の元横綱千代の富士・九重親方が死去、昨年膵臓がんの手術。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=84&from=diary&id=4120932大相撲の元横綱千代の富士・九重親方が死去、昨年膵臓がんの手術。
九重親方(第58代横綱千代の富士)が亡くなった、ですか。“ウルフ”の愛称で親しまれ、通算1045勝、幕内優勝31回を誇る大横綱で、現役時代の平成元年に国民栄誉賞を受賞したのはあまりにも有名ですが、20歳の若さで新入幕を果たしながら5勝10敗で負け越し、幕下まで陥落しながら帰り十両を果たすものの、左肩の脱臼癖(先天的な肩の関節の噛み合わせの浅さに起因するらしい)に苦しみ、再入幕に2年半を要するほどの苦労を味わった人でもありました。
脱臼癖を克服し、大横綱への道が開いたのが26歳だった昭和56年のことで、大関を3場所で通過してその年の7月場所後に第58代横綱に昇進しましたが、新横綱の場所に後に第59代横綱となる隆の里(後に鳴戸親方。大関稀勢の里の入門時の師匠、故人)との取組で足を負傷して途中休場し、横綱になっても怪我に苦しむのかと、不安と失望の横綱昇進となりました。しかし、次の場所で12勝3敗で優勝決定戦を制したことで、「強い横綱・千代の富士」の時代のスタートとなりました。
しかし、20代の頃は優勝する場所はあったものの怪我や脱臼で休場したり満足な成績を得られない場所も少なからずあり、本格的に大横綱になるのは30代になってからで、かの53連勝も33歳の昭和63年の出来事で、54連勝を阻まれた第62代横綱大乃國との対戦は昭和最後の大相撲の幕内の取組となりました。
平成となった翌年に国民栄誉賞を受賞しましたが、直前に生後4カ月だった三女を新生児突然死症候群で亡くす不幸に見舞われるなど悲しい出来事もありましたが、優勝を31回まで伸ばし、「最強の横綱」地歩を固めて行きました。しかし平成3年、後に第65代横綱貴乃花となる貴花田に敗れたのを契機として現役を引退、協会から打診されていた一代年寄を辞退、年寄陣幕を襲名、翌年に師匠である第52代横綱北の富士の九重親方と名跡交換して九重部屋を継承しましたが、その翌年に弟弟子の第61代横綱北勝海の八角親方が九重部屋から独立し八角部屋を創設した際、陣幕親方(北の富士)を含む部屋付の年寄全員が八角部屋に移籍、部屋の施設も八角部屋に引き継がれる事態になったことがありました。
そんなことからも窺えるように、千代の富士はあまり人望のある人ではなかった一面があるようで、現役時代からも弟弟子へのいじめが週刊誌に取り上げられたことがあり、九重部屋としてもエアガンを至近距離から打つなどの陰湿ないじめで裁判沙汰になったこともありました。部屋としては大関千代大海(現在の佐ノ山親方)を輩出するなど多くの幕内力士を育てる実績も挙げ、協会理事にもなり、ナンバー2の事業部長にもなりましたが、一昨年の理事選挙で落選したのは大きなニュースになりましたね。
昨年、膵臓癌が発覚、その闘いの日々となりましたが、厄介な場所にできた癌だったためか相応に転移も進んでいたようで、七月場所が終わって一週間にしての訃報となりました。幕内の千代の国や千代鳳、十両の千代大龍や千代翔馬、千代丸など若い関取も多い部屋ですが、誰が師匠を継承するのか(順当なら佐ノ山親方か)が今後注目となるでしょう。
まだ61歳の若さ、早すぎる印象がありますね。今日、娘の秋元梢はレギュラーのラジオの生放送をいつもと同じ調子で務めていましたが、父親の容態をどう把握していたのか、結構気丈に振る舞っていたのかもしれませんね。
ご冥福をお祈りいたします。合掌。

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