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2016年07月31日15:40

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男が百夜(ももや)通い給う事 8

濁流で身動きがとれない中、泣く女と励ます少年。もはや戦う意思を見せない二人に沢女はうっそりと微笑んだ。

「ソウ・・・ソレデイイ・・・全テガ私ノ思ウママニ・・・」

生前、自分の大事にしたかったものはどうしても手に入らなかった。だから死んだこの身は何もかもを欲し、邪魔するものを排除する。素敵な伴侶も、愛も、その命も・・・何処までも果てのない、飢えのように。
そういえば、己の怒りを鎮める為に神は人に生贄を要求するという。なればいつかの時と同じ・・・この贄(にえ)で、少しはこの渇きは癒せるだろうか?それが駄目なら、次こそは・・・・・・ではその次が駄目であったら?また自分は繰り返すのだろうか?果ての無い渇きと飢え、その苦しみを・・・。
思案している間に術の完成を感じ、沢女は我に返る。次の行動に移る前に、まずは自分を傷つけた目の前の敵を葬らねば。

「コノ私ノ支配する領域カラ、モウ逃シハシナ―――」
「ならお前も味わってみるか?支配される感覚とやらを」

突如耳元で囁かれた見知らぬ男の声。思わず振り返った先で目に飛び込んできたのは、巨大な水柱が飛来してくる瞬間だった。

「ナッ―――!」

驚愕する間もなく、白い鬼は水鉄砲の勢いに押し出され宇治川に飛沫をあげて落下する。

「ったく、光元。お前が居ながらこの状況はどうした事だ?」

落ちた沢女の代わりに橋の手すり近くまで歩み寄った男が、不満を垂らしながら長い袖に包まれた両腕を水平に伸ばす。制御する術者が代わり、川の勢いが一気に凪いだ。

「セー、無事か?」

呼びかけてきた橋の男に、青龍は歓喜の声で呼び応える。

「クー!」

彼女を優しい瞳で見下ろすのは、首の後ろで一つにまとめた黒髪を持つ濃緑の瞳の若者、クーちゃん。彼の立場は玄武の片割れであり光元の配下、そして青龍の恋人である。

「セー・・・泣いていたのか・・・?!」

目元を赤くする彼女の様子に気付いた玄武は動揺を隠せない。驚きは即座に憤怒に変わった。

「普段なら暴れる理由や言い分の一つでも聞いてやるところだが今回は殺す。問答無用で殺す・・・!」

濃緑の瞳に炎が燃え上がる。相手の戦意を汲み取ったかのように宇治川から大きな水柱が吹き上がり、沢女が姿を現す。こちらの深紅の瞳もまた、怒りに燃えていた。女の手は、既に天へ向けられている。

「宇治ノ橋姫トシテ負ケヌ・・・負ケラレヌ―――!」

沢女が指さす先、玄武の頭上では錨のような水の刃がまだいくつも現存していた。それらが術者の招きを受けて落下してくる。その物量には橋も玄武も耐えきれないことだろう・・・が、玄武の顔は沢女の方を向いたまま焦りもしない。

「お前が幾人も殺して力をつけた悪鬼だか怨霊だか水鬼だか関係ない。この地域一帯の水辺は全てオレの意のままだ」

玄武が沢女と同様に片腕を掲げた瞬間、標的を目の前にして水の鉾の動きが一斉に止まる。玄武の腕が肩と水平の位置へ下ろされ、刃の先端も追従して向きを変える。つまりは、沢女のいる方角へ。

「・・・それくらい出来ないと玄武の名が廃(すた)る」

不敵な笑みと共に水の鉾の群れが再発射された。飛ぶ鳥の如き勢いを持った攻撃に沢女は焦りの表情を浮かべる。

「水ヨ!我ガ意ヲ汲ミ私ヲ守レ!」

妖気を加えて水面を何度も叩くが、宇治川の水はいたずらに跳ねるだけ。それほどに玄武の水への強制力が強いのだ。

「動ケェェェ!ウゴケェェェエェェェェェ!!!」

懇願の絶叫虚しく、沢女は自らの攻撃を受け宇治川から撥ね飛ばされる。連弾は川を掻き回し、沢女の肢体を対岸まで吹き飛ばし丸石の転がる岸辺に叩きつけた。うつ伏せに倒れ伏した女は微塵も動く様子を見せない。

「いやぁ、クーちゃんの気配は察知してたんだけどさ、いろいろ我慢してた努力はなんだったんだろっていうか・・・ホントに僕の出番なかったなぁ」
「沢女さん・・・死んでしまったの?」

呑気に笑う光元と口元を抑えて絶句している青龍。

「いや、死んではいないだろう」

そんな二人の横に降り立つ玄武。まるで地面でも歩くように水の上に立っている。彼の伸ばした手をとると、水気の術のおかげで水中に浸かっていた二人も水面に足をかけ、歩く事が出来るようになった。
沢女を追いやった岸へ歩きつつ玄武が更に口を開く。

「奴は水を御する力はともかく、妖力の方はかなり持っているようだ。比例して回復力と耐久度も高いと読んでいる」
「確かに、妖気で傷を塞いでた場面もあったね・・・あ、そういえば姿が見えないけど、コーちゃんは?」
「炎狐から話を聞いてな、途中の仕事を全部押し付けてきた。・・・それを踏まえての人選だったのだろう?」
「まっさか。コーちゃんにはたまたま同行してもらってただけだよ、た・ま・た・ま」
「さして興味も湧かないから真理などどうでもいいが・・・どうしたセー?先程から黙って・・・」
「え?」

青龍は俯き気味だった顔を上げる。

「い、いえ・・・沢女さんは大丈夫かなぁと思って・・・」
「あぁそうだった。奴にはセーに謝罪への言葉百万語を言わせた後に然るべき罰、つまりは死を―――」
「クー!この人を殺してはダメよ!この人は陰陽師の式なの!」

先行しようと足を速める玄武の袖を、青龍が掴んで引き留める。玄武は無理に振り払う事はなく、素直に立ち止まる。しかしその顔は眉尻を寄せて非常に不服そうだった。

「しかしセー、こいつはお前に手を出して・・・」
「私は大丈夫!なんともないから・・・本当よ!!」
「オレは・・・大事な人を傷つけた者を見過ごすことは出来ん」
「そんな優しいクーならこの人の気持ちを分かってあげられるはず。好きな人と喧嘩して寂しいのよ、この人は」

その言葉に若者は押し黙る。

「・・・それは、オレもセーが近くにいない間寂しい思いをした事を思えば分からん心理でもないかもしれん。それに、好いた女の願いを聞くのが男というものだな」

玄武はそう自分に言い聞かせるように呟き、青龍の横に並んで歩き始める。間に挟まれた光元は、若干居心地の悪そうな顔をしていた。

「・・・ま、たとえ僕がいなくても進展なんてしないんだろうけどさ」


全身を襲う痛みに、岸辺の沢女は意識を取り戻す。同時に虚ろだった記憶が呼び戻された。
そう、沢女は過去に同じ程度の負傷をおった経験があった。それは、自分が橋姫である事をやめた日だ。
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