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2016年07月30日13:32

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平安五神伝外伝 閉ざされし屋敷の主 2


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使者が二人を伴ってやってきたのは、賀茂家からそう遠くない左京の一等地。周りの大きな屋敷と比べると小屋と見間違えそうな住宅の前に、建造を生業とするいかつい男達が何人も集まっている。屋敷は、外装だけ見れば既に出来上がっているように見えるが、内装は床さえ出来ていない部分がほとんど、というのが使者の弁であった。
築地塀の横を通り過ぎ、垣根に差し掛かった地点で大工の集団に混じる藤原道長の姿を見つけた。保栄は駆け足で道長の元へ走っていく。

「道長様、賀茂保栄、只今参りました!」
「おぉ保栄、朝早くからすまんな。よく来てくれた」
「当然の事です。道長様のご依頼とあれば、いつでもすぐに参じますよ」
「それはありがたい!で、保栄が連れてきたという事は・・・」
「えぇ、紹介します。私の弟弟子にあたります・・・青月光元です」

保栄に手招きされて、少年がおずおずと近寄って来る。保栄相手では全く物怖じしなかった彼でも大柄な男性相手では勝手が違うのだろう、兄弟子の背に隠れるようにして顔を覗かせる。

「初めまして道長様・・・保栄殿の所でお世話になっています、青月光元といいます・・・」
「ほぅ、思っていたより小さいな」

道長が感心したような声をあげて目線を光元に合わせるように屈み込む。

「年は?」
「今年で十一になりました」
「おぉ、そうかそうか!」

男は嬉しそうに笑って白い歯を覗かせ、少年の頭を撫でる。

「という事はそろそろ元服だな。日取りが決まったら、私から良い衣装を送ろう」
「あ、ありがとうございますっ」
「忠憲は良い男だ、いい師匠に拾われてよかったな」
「はい!」

そんな打ち解けた二人の様子を見計らって、保栄がわざとらしく咳ばらいをたてる。

「オホン・・・道長様、早速ですが今回の要件をお伺いしても?」
「あぁ、保栄には休ませてまで来てもらったんだし、本題に入らなければな。こちらに来てほしい」

立ち上がった道長が建設中の屋敷の前に立つ。生垣と築地塀で他と区切られた道長の私有地、その門口になる開けた空間だ。
「昨日まで何の変哲もない建設中の屋敷だったんだが、今日大工が門口から中に入ろうとしたら、瞬き一つの間にどうしてか屋敷の向こうの通りを歩いていたという・・・つまり、こういう事だ」
道長が無造作に片手を前に突き出した。屋敷の敷地内に侵入した腕は・・・手首から先がなくなっていた。

「?!」
「道長様!う、腕が・・・!」
「案ずるな二人とも」

陰陽師達が驚愕の面持ちで見つめる中、道長は腕を引っ込める。すると何事もなかったかのように指先まで無事な状態の手が視界に戻ってきた。

「痛みも、何かに触れる感触もないのだ。だが見えている屋敷の中に、どうしても入れぬ」
「これは・・・確かに異常ですね」

呆気に取られていた保栄は、気を取り直すと屋敷の敷地をまじまじと見つめる。真新しい木材で出来た屋敷。真っ白な塀、整えられた小さな庭・・・おかしいものは何もない。

「・・・光元、屋敷の裏の通りに回ってもらえるか?」
「はい!」

走る少年が敷地の裏側に回る頃を見計らって、保栄はおそるおそる門口に手を伸ばす。
 門口の境界を越え、得体のしれない力によって自身の指が視界から消える恐怖・・・それは日々妖異や怪異に触れなじんでいる陰陽師にとっても軽視出来ないものがある。むしろ、異変が恐ろしいものと知っているからこそ抱いている畏怖がある。

「・・・ぅわっ」

指先が消えた瞬間、思わず手を引っ込めてしまった。

「怖いか?」

横の道長が聞いてくる。からかっている様子ではなく、心から心配している声音だった。

「だ、大丈夫です・・・少し、心の準備が足りなかっただけですから・・・」

保栄は生唾を飲む。確実な安全が保障されている訳でもない未知の事態。伸ばした指先から引きずり込まれ消失してしまう可能性だって考えられるのだ。
しかし兄の親友の前、そして弟弟子が待っている現状でいつまでも二の足を踏み損ねている姿を見せるわけにもいかない。気を持ち直し、保栄は再度手を伸ばす。
その時、突如目の前に光元が飛び出してきた!

「な―――うわぁ!!」

後退する間もなく飛びかかられ、土埃を巻き上げながらもろとも地面に倒れる。仰向けに倒れた保栄が頭を打たないよう受け身を取れたのは日ごろの修行の成果だろう。

「ったた・・・」
「ごめんなさい保栄殿!そこに立っていたと思わなくて・・・!」

保栄に庇われる形になった光元は当然無傷で、不安そうな顔つきで下敷きにしてしまった兄弟子をのぞき込んでいる。

「大事ない・・・から、降りてもらってもいいか、光元?」
「あ・・・ごめんなさい」

光元がいそいそと立ち上がり、保栄は半身を起こす。

「・・・向かいの通りから飛び込んだのか?」
「そうです。後ろからなら中に入れないかなぁ、と思って」
「中に入ったとして、出る方法は考えて・・・なさそうだな、まぁいい。おかげではっきりした。この屋敷の敷地のみで異変が起こっていると」
「まぁ保栄、そこで考え込まなくてもいいだろう?」

あきれ顔の道長が手を伸ばす。

「すみません・・・」

保栄が手を取ると、武士然とした強い力で引き上げられる。立ち上がった保栄は縹色の狩衣についた砂埃を払いつつ思案を続ける。
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