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2016年07月28日20:55

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男が百夜(ももや)通い給う事 7

「ソンナカ弱イ攻撃ガ私ニ効クト思ウノカァ!!」

鬼女の咆哮と共に宇治川の水が壁となって天へ噴き上がった。水の壁は宇治橋を・・・つまり光元を両脇から呑みこまんと倒れてくる。

「嘘ぉ?!」
「光元君!」

主人の危機に青龍は沢女の横をすり抜け橋へと駆けこむ。彼女が障壁を築く呪を唱える光元を庇うように抱えるのと、水の着弾はほぼ同時。なんとか全方位展開に間に合った光元の障壁の外を、波濤となった川の流れが過ぎていく。

「強度が甘かったな・・・相手の術が終わるまで保てばいいけど・・・」
「私が補強するわ。光元君は疲れてるんだから、なるべく体力を温存するように―――っ!」

力を込めようと前方に視線を向けた青龍が瞠目して息を詰める。障壁のすぐ向こうの深紅の瞳とかち合ったのだ。
凄まじい濁流に髪と衣服が暴れているが、その勢いさえそよ風とも感じていない様子で女―――沢女は口元に紅い三日月を浮かべ、うっそりと笑いかける。

「ツカマエタ・・・」

白い手が伸び爪をたてられたその瞬間、光元の障壁は卵が握りつぶされるように易々と破片となって砕けた。空いた空間を埋めるように水の奔流が押し寄せていく。

「うわぁ!!」
「きゃぁ!」
「ギャウッ!」

瞬く間に二人と一匹は大水に呑み込まれる。火に水は最大の天敵であり、直撃を受けて庇う間もなく炎狐が青龍の肩から消失する。しかし青龍に後悔している余裕はない。自分より小さく軽く、たちまち流されそうな光元の手を掴むことに必死だったのだ。

「こ・・・げ・・・!」

気持ちが勝ったのか、なんとか光元の身柄を確保した青龍は水面に浮上し、流されてくる障害物から守るように抱きかかえる。
この青龍の父は東の海を統べる龍王。その末娘として生まれつつ、彼女は水を操る力を持たなかった。青龍の体質として水の中で呼吸は出来るので溺れる事はない。が、ただそれだけである。だから彼女はこの水の勢いを止める事は出来ない。

「光元君?!」

水の流れに翻弄されつつ腕の中の少年に声をかけるが、光元は目を閉じたまま反応を示さない。大水の衝撃に気を失ってしまったらしい。こんな状態で沢女に追撃されたら・・・!青龍の顔が青ざめる。たとえ攻撃が直撃しなくても豪雨時の濁流のような流れと化した大川の中、この手が離れようものなら主人の溺死は必至だろう。
せめて一時で構わないから休める場所があれば・・・青龍は切に願う。

「誰か・・・助けて!」

そんな彼女は青龍一族として持つべき力を持たなかった。その代わりに生まれ持ったものがある。王族の水の力を相乗した、性質の全く異なる力を・・・。
流されていた体が、ふと止まった。足や腕に細い何かが絡まっている感触がある。おまけにゆっくりと、濁流にも負けず顔を出し続けている大岩の影へ引かれているようだ。青龍はわざわざ目視しなくても肌身で感じて理解している。その大岩の付近に自生している水草が、自分が踏みとどまるための根をわざわざ伸ばし、助けてくれているのだと。

彼女の父は東海王。そして母は霊樹の精。他の兄姉とは唯一の異母姉妹。
木気の力は水気の力を得て力を増す。彼女の中の水を操る力は、全て母方の樹木を操る力に変換されたのだ。
しかし彼女はほとんど己の意思で自分の力を行使した事はない。今回もそうなのだが・・・周りの草木が超常的な力をもって自主的に彼女を助けようとするのである。
下流側の岩陰、岩が水の流れを引き裂き生まれる穏やかな空間へ引き寄せられた二人はやっと一息つく。

「ありがとう・・・」

助けてくれた水草に青龍はそっと礼を述べて、抱いた主人に己の通力を送った。体内から意識を揺り起こされ、気を取り戻した光元が盛大に咳き込む。

「光元君、大丈夫?」
「ケホッゲッホ―――あー、確かに水が欲しいって言ったけどさ、加減は大事と思わない?」

苦しそうに喘鳴をこぼしながらも皮肉は忘れない。

「僕だってたまには・・・疲れてずぶ濡れで気を飛ばすくらい痛めつけられた時くらいはさ、そう・・・加減を間違える事故があっても仕方ないんじゃないかな・・・」
「それは・・・予告した時点で事故って言えないんじゃないかしら?」
「おっと僕としたことが・・・!」

動揺する青龍に自分が冷静さを欠きつつある事に気づいた光元は、内心に溜めこんだ鬱憤を払うかのように大きく息を吸って、吐く。そうした少年の顔からは少し険が抜けている気がした。青龍を見つめた彼の瞳は、いつもの穏やかな瞳だ。

「セーちゃんごめんね。戦い嫌いな君でも戦闘に参加するかもって言ったけど、こんなに早く機会がやってくるとは僕も予想してなかったよ。しかもこんな水と岩ばっかの場所でさ」
「ううん・・・私も、沢女さんがあんな事になってしまうなんて予想も出来なかったし・・・」
「今度はちゃんと頑張れるように再配するから、ね?」

戦闘は始まる前から終わっている。その言葉を地で行く策謀家の言葉に青龍は自分の背筋が粟立つのを感じる。普段負け知らずの光元配下の五神だが、その勝利の為にこの小さな子供は手を変え品を変え、仲間さえあずかり知らぬところで計略を巡らせているのだ。

「あ〜でも・・・僕も出番なくなっちゃうかもなぁ」

そんな彼でも予想だにしなかった今回の一件。諦めた表情で夜空を見つめる光元の視線を追う。その先で、鬼女が宇治橋の手すりにほとんどつま先しか触れない軽やかな姿勢で立っていた。青い光にも見える妖気が白い姿を闇夜に妖しく浮かばせる。
浮かんでいたのは白い女だけでなかった。彼女の背後で身の丈ほどもありそうな大きな水球がいくつも追従するように浮かんでいる。両腕を掲げた女の妖気に従い水球が鋭利な鉾の姿へ変形していく。しかし大きさが尋常ではない。
鉾や槍というより、もはや船を停止させる錨に等しい。その矛先に壁にした岩もろとも破壊し押しつぶさんとする殺気が収束している。
この物量、破壊力、余力の差・・・青龍は少年の意を察する。先の水流さえ防御しきれなかった自分達は敵わないのだと。光元はせいぜい強気な態度で青龍の死の絶望を軽減させてくれようとしたのだ。
その小さな体でこの瀬戸際でさえ自分の身を案じてくれる・・・思わず涙を浮かべた青龍に、光元はどこまでも穏やかな笑みを作る。

「そんな顔したらダメだよ、心配しちゃうじゃないか」
「だって・・・」

狩衣の袖で涙を拭ってくれる光元を抱く力を強める。



あぁ、もっと私に守る力があればよかったのに・・・・・・。
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