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2016年07月27日22:43

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男が百夜(ももや)通い給う事 6

「モウ悲シミハイラナイ!恨ムノモ疲レタ!全テナクシテシマエバイイ!私モ彼モ何モカモ!!」

天を衝くかのような激しい憤怒の言葉だった。同時に噴き出した妖気に呑まれ、戦意を向けられることに慣れていない青龍の身が竦む。動けない相手へ沢女が迫る。鋭利な爪の生えた五指が振りかぶられた、その時、

「禁っ!炎狐、其の五!!」

甲高い声が響くと共に二人の間に呪力の壁が成形され、女の爪を弾いた。同時に青龍の肩にいた炎狐の口腔が開かれ、炎の帯が吐き出される。

「ア・・・アァ・・・っ」

瞬く間に炎に巻かれた沢女が苦痛の声を上げて後退する。

「だ、大丈夫だったセーちゃん・・・?!」

代わりに沢女の姿の向こう、橋の反対側から駆けてきた救世主が安否を確認してくる。

「ありがとう光げ・・・」

お礼を述べようとした青龍の声が途切れる。
橋の中ほどに登場したのは彼女の主人である若草色の狩衣を纏った少年陰陽師、青月光元。元々運動の苦手な彼はどれくらいの距離を自力で走ってきたのだろうか汗だくで、曲げた膝に手を乗せて前かがみになり、肩どころか全身を使って息をしていた。助けた相手より死にそうな体たらくである。

「あの・・・大丈夫?」
「・・・う、うんっ!神速符とか使って、全力で来たけど・・・さすがに、疲れた!水とか持って来ればよかった!」

大丈夫ではないらしい。このまま帰って休みたい、と続きそうな疲労感満載の声だった。
しかしこのまま狂乱した知人を放っておく事など出来るはずもない。青龍は内心で謝罪しつつ、沢女に意識を向けてもらう事とする。

「光元君・・・沢女さんが・・・」
「うん、今の彼女は見ての通り・・・ちょっと普通じゃない。こんな姿、初めて見たよ」
「誰かに操られているの?」
「いや、ちょっとした思い違いっていうか・・・思い込み?」

光元は彼女の事情を知っているらしい。

「こっちの姿が、沢女ちゃんの本性なんだろうね。普段はあの小さな姿で妖気を抑えてたけど、心の動揺で抑えきれなくなったってところかな?・・・沢女ちゃーん!僕!青月光元だけどわかるかな?」

光元が声を張り上げて呼びかけるが相手は殺気立ったまま睨み付けてくるばかり。

「困ったねぇ、僕の事も認識出来ない感じかぁ。そういえば昔、お師様が宇治川に住んでた強大な鬼の話をしてくれたっけ?女の霊が成り代わった妖異、橋姫・・・」

少年陰陽師は口端を僅かに釣り上げ、緊張感を持った笑みを作る。

「元は『隠(おぬ)』って言葉が転じたんだっけ?その意味はこの世ならぬ者や見えない者・・・うまく自分の本性を隠してたねぇ、鬼さん?」

沢女の頭長にはうねる長髪に埋もれるようにして確かに金色の一対の角が見え隠れしていた。
挟撃される形となり沢女は一瞬悩むが相手は子供と女、警戒すれど脅威ではない。沢女の目的は橋の向こうにあり足は当然橋を渡り始める。

「道を阻ム者ハ、許サヌ・・・」
「ま、待って!」

背を向けられる形となった青龍が声を張り上げて引き留める。沢女の行く先には光元・・・青龍の主人がいる。沢女の主人とは上司部下の関係だ。互いの主人の為にも、光元を傷つけさせる訳にはいかない。たとえ、苦手な実力勝負になったとしても。

「沢女さん落ち着いて・・・貴方を傷つけたくないの。でも、それ以上進むというなら、私はこれを貴方に振るわないといけなくなるわ」

青龍は袖から取り出した蝙蝠(かわほり)扇子を沢女の背中に差し向けた。金地に満開の桜が花弁を散らす風景の彫り込まれた逸品である。

「これは友人からの借り物なんだけど、これを使う事で貴方に良くない結果が生まれることは間違いないわ」

戦意を示された沢女が青龍の方へ体を向ける。顔には苛立ち。

「ソンナ小道具一ツデハッタリヲ並ベラレルト思ッテイルノカ!」

なにせ相手が武器と呼ぶものは刃でも矢でもなく、ただ綺麗なだけの扇子なのだ。涼を取る為の道具以上の何物でもなく、とても人が殺せる道具には見えない。沢女は止めてみろ、と言わんばかりに何の仕掛けもなく正面から向かっている。青龍は申し訳なさそうに瞳を伏せ・・・、

「・・・ごめんなさい」

扇ぐように扇子を振るった。生み出されたのは一陣の風。緩慢な動きで振られたと扇子から生み出されたと思えない疾風だった。
自らの油断により不意を撃たれた沢女だったが反応は早かった。刹那の判断で前に出した足の位置を踏みかえ、着物の裾を翻し直線から逸れる。直後、風を巻く音を引き連れ風刃が沢女の横を過ぎ去っていく。

「私ノ行ク手ヲ阻ム者ハ何人タリトモ許サヌ・・・ゥ?!」

背後から再度風切り音が響き、風刃が右上腕を走り血を噴き上げさせる。

「グッ―――!」

回避したはずの風刃が白い線となって上空を走っている。青龍の扇子から生まれた風刃は一度の攻撃では消失しないのだ。

「小癪ナ・・・!」

攻撃された怒りに増大した妖気で白い髪が大きくうねる。

「許サヌ・・・許サヌゾォ・・・!!」

傷ついた腕に妖気が集中し、たちまち傷を塞いでいく。
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