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2016年07月24日13:46

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平安五神伝外伝 閉ざされし屋敷の主1

クーちゃんと光元の出会い回。
PC入院中に荒書きしていたものを清書中。
時系列的には本編より2年前、光元が平安京にやってきて髪切との初戦を果たし、一時の平和が訪れた合間の話です。
前後の話を知りたい方は下記のリンクからどうぞ。
なお、題名は現在仮名で。私個人はクーちゃん出会い回と呼んでます。

↓外伝 都に集いし陰陽師
http://ncode.syosetu.com/n8890db/


賀茂保栄(かものやすよし)は一人前の―――例えば兄の賀茂忠憲(かものただのり)のような―――陰陽師を目指して、己に無理を強いる特訓をする事がよくあった。
今日はそんな彼が一息つく日・・・約一週間ぶりの睡眠の日であった。
「私の身体は不眠七日程度では屈しません!次は十日を目指します!」を豪語していた保栄であったが、昼間に巻き込まれた事件で体力・精神職共にかなり疲労してしまった。職務中に倒れては文字通り本末転倒・・・・という事で今回は時期を巻き上げての終了となったのである。
しかし、せっかくの休眠だというのに夢見はあまりよろしくないらしい。褥(しとね。寝床)に伏した保栄は眉をひそめ、うなされているというか困った顔というか・・・あまり心地よくなさそうな表情を作って眠っていた。
そんな彼の寝室に、音もなく入って来る人物があった。

「これが、あの髪切(かみきり)を退けた方士・・・」

聞き覚えの無い、忠憲より若い男の声が呟く。
纏う衣装は闇夜に溶け込む漆黒。装飾はほとんどなく機能性が重視された中、袖だけは異様に長い。首の後ろで括られた髪は衣装と相反するような白髪。しかし中心で分けられた前髪の間から覗く顔は十代後半から二十代前半の美貌であり、髪の色が年齢を示している訳ではないと示している。
休息日に気が緩むことを承知している保栄は、この日だけはいつもの数倍の防壁と警戒網を敷いて眠る事を常としている。この見知らぬ男はそれらの術を全て掻い潜り、ここまでやってきたという事になる。
若者は床に膝を付くと、眠る保栄を真上から見下ろす。紅玉が嵌まったような紅い瞳が感心したように僅かに見開いた。

「どんな熟練者かと思い来てみたが・・・若いな。それに女子のような顔をしている」

長い袖に包まれた手が保栄の頬をなぞるが、それでも彼が起きる様子はない。不意の接触を煩わしく思ったのか、身じろぎして男に背を向けるように姿勢を変える。

「う・・・や、山は勘弁・・・」
「どんな夢だ」

呟かれたうわごとに思わず苦笑する若者。
「・・・まぁいい。熟睡しているところを叩き起こすのも可哀想だ。日を改めるとしよう」
そう言って男は立ち上がり、部屋を後にする。縁側に出た若者の気配と姿はたちまち夜闇に溶けた。


「・・・行ったか」

保栄の部屋とほぼ真逆に位置する縁側で、賀茂忠憲は立てた片膝を崩しつつ小さく呟いた。手にしていた酒杯の中で、氷室から持ってきた氷が涼やかな音をたてる。

「どうかしたか、忠憲?」
「いや・・・なんでもないよ、道長」

隣に座していた親友、藤原道長が腰の刀に手をかけようとするのを忠憲は首を振って制する。道長はそうか、と頷くと得物から手を離した。
男二人は酒は手酌、肴は干し鮎と苦みと塩気の絶妙な青菜のお浸し、という小さな酒宴を開いていた。忠憲が一年ぶりに帰京した事を祝って道長が即席で用意したものだ。即席と言っても酒は銘の付く一級品だし夏場で氷を使える者などこの当時は身分の高い者に限られている。ささやかな酒宴の席にも道長の持つ権威と忠憲への敬意が感じられた。

「忠憲、一年ぶりの平安京はお前の目にどう映っている?」
「どう・・・という事もないね。主人(おとど。天皇)も同じ、大臣の顔ぶれも同じく。藤原の一族は揺れそうだが・・・まだ嵐の前の静けさと言ったところかな、さしずめ」
「星繰(ほしく)りの男がそういうのだから、さぞかし荒れるんだろうな」
「なぁに、大船に乗った心地でいてほしい」

星を操る者、星繰りと呼ばれるこの男がどんな風に国の大局を見据え考えているのか・・・今の道長には判断できない。しかし自分の味方である事に大きな安心感を抱いているのは確かだ。政権を巡り争いあう、自分の血族よりよほど信頼している。

「根拠もない内から裕に構えて事態を待つ・・・その方がお前らしいし。そうして足元に気を付けながら橋を渡っておくれ。・・・私達はお前の味方だ。私に保栄・・・それに光元という新顔も増えた」
「あぁ、お前が拾ってきたという子犬か?楽しみにしている」
「明日、顔を見せに寄こそう。ふふ、可愛いからって取ってくれるなよ?」
「ははは、まさか」

おどけた男達の笑い声が響く。

「そういえば道長こそ、私がいない間に左京に新しい家を作り始めたとか・・・」
「あぁ。賜ったのはいいが土地の大きさが微妙過ぎて田畑にも出来なくてな。結局有事の際の離れにしようと妻と決めた。いずれ子供が大きくなれば譲ってやってもいいしな」
「ほう・・・」
忠憲が道長の方へ身を乗り出す。
「ならばひとつ、相談があるんだが・・・」


●●●


翌朝、出仕の支度をしながらも保栄の顔はすこぶる不機嫌そうだった。

「夢占(ゆめうら)をすると寝た気がせん・・・過労している時の方が明確な答えが出るというのだから嫌味なものだ・・・」

現実に起こる事を揶揄して、もしくは直接的に夢に見る占術、夢占。夢であるからそこに自分の意思は介入出来ない、便利なのか不便なのか微妙な呪法なのである。

「おまけに起きた時点でくたびれているし腹も減る・・・おい沢女!朝餉はまだか?!」
「はうぅ〜〜、保栄様、申し訳ございません〜〜!」

浮遊した、手の平に乗るくらい小さな姫と水泡に乗った卓が大急ぎで、しかし汁物をこぼさないように丁寧に部屋に飛びこんでくる。

「昨晩、朝食用にと準備しておりましたお漬物がどうしても見つからなくてぇ〜〜申し訳ございません〜!」

保栄の式、沢女は大きな瞳から涙をこぼしつつ謝る。

「あ〜別にいい。たまに品数が一つ減った程度で咎めたりしない。だから泣くな!」
「給仕ひとつまともに出来ない式なんて、保栄様の式失格です〜〜!!」
「思ってない!思ってないから靴の支度をしっかりとな。神垣辺りがまた庭にでも埋めたんだろうに大げさな・・・全く」

落胆する式を慰めつつ、卓を下ろして食事にとりかかる保栄。沢女の泣き虫は今に始まった話でない、むしろ出会った当初からの癖のようなものなので、今更気にする様子もない。
保栄が味噌汁をすすっていると、どうも門口の方が騒がしい。

「・・・なんだ?まだ遅刻どころか出発にも早い時間だというのに・・・」

様子が気になり、箸を置いて騒ぎの方へと出向いてみる。門口と屋敷の境界に人が集まっていた。屋外には何処かの使者らしい、薄茶色の水干姿をした男。屋内には橙色の直衣を来た忠憲と、若草色の半尻姿をした居候中の少年、青月光元(あおつきのこうげん)。

「こんな朝から何の騒ぎです?」

声をかけると全員がこちらを振り向いた。

「やぁ、おはよう保栄」
「おはようございます、保栄殿」
「あぁ!保栄様までいらして頂けるとは!ありがとうございます!ありがとうございます!!」

使者の男だけ妙に温度差が激しい。どうしたのか、と兄を見やると忠憲は肩をすくめて返す。

「丁度、私達も要件を聞くところでね」

忠憲は使者へと向き直る。

「それで、道長に何かあったのかい?」

その言葉で保栄は思い出す。使者の顔に見覚えがあると思っていたのだが、確か現在藤原道長に仕えている男だ。

「そうなんです。道長様の新宅が大変な事に・・・!只今建築の真っ最中なのですが、今朝続きをしようと思ったのに・・・屋敷に入れないんですよ!入ったのに、入れないというか・・・」
「・・・・・・は?」

男の言葉が掴みきれず呆気にとられた声をあげる弟子二人。その様子を背に忠憲は一つ頷く。

「ふむ、それは一大事だな。職人の仕事を邪魔する怪異はすぐに払わなくてはな。と、いう事で保栄・・・」
「駄目です」

何か言われかけた保栄は、兄の発言前に待ったをかける。

「ご友人の危機に駆けつけたいお気持ちはわかりますが・・・本日は左大臣殿との面談がございますので私では代行しかねます」

至極丁寧な口調で指摘したが目が「サボるな仕事しろ」と訴えている。補助の陰陽助や保栄が粗方片づけていたといえど、一年都を離れていて陰陽頭である忠憲しかこなせない仕事が山のように残されているのだ。
几帳面な性格の保栄としては、放浪癖の強い兄を少しでも長く執務室に放り込んでおきたい所存なのである。

「そうか・・・なら仕方ない。左大臣殿が相手ではさすがに保栄でも手に余るな」
「・・・よろしいので?」

反論を受けると思っていた保栄は、豆鉄砲をくらった鳩のような顔で忠憲を見る。兄は屈託ない笑みを作って、

「ではお前たち二人で行ってきなさい」
「私と?」
「僕で?」

保栄と光元が丸くなった目を合わせる。

「兄様・・・私なら一人で―――」
「昨夜、道長に光元と顔合わせさせる約束をしていたから丁度いい。行っておいで」
「はいっ、お師様!!」

止めようとする保栄を他所に、同行させる気満々の師匠と行く気満々の弟弟子。

「保栄、お前が連れていくのが難しいというのなら私も同行するけど?」
「い、いいえっ!そんな事でお手を煩わせる訳には・・・」
「なら決まりだな。よろしく頼んだよ」

忠憲は弟子達の健闘を祈るように二人の肩を叩いた。
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