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2016年07月10日18:34

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平安五神伝 外伝 白虎が武器を与うこと 

「僕の仲間になるって事は、同じ仲間や都の人間を守るために相手と戦い、時には死闘を繰り広げる事になるかもしれない・・・それでもいい?」
「誰かを守るためというなら・・・わかったわ」
心優しき青龍のセーちゃん。彼女は故郷を離れて平安京にやって来る直前、確かにそう約束した。が・・・、

「(少々、困りましたね)」
そんな彼女に対し、現在白銀の麗人、白虎のシーちゃんは頭を悩ませていた。彼の周りには様々な武具が散らばっている。双剣や短刀、槍、鎖鎌・・・などなど。
朝を迎えて間もない頃。白虎と青龍は右京にある、誰も住まなくなった廃屋の庭にいた。白虎は新たに仲間に加わった青龍の戦闘適性を調べるよう主人から言いつかったのだ。
「(なかなか適切なものが見つかりませんね)」
現在、青龍が玄武から借りた飛刀を的(まと)に当てようとする姿を見ながら白虎は静かに腕を組んだ。
木の枝に吊り下げられた的は円形の木の板に色分けをしたもので、弓の的当てによく使われるものに近い。青龍との距離は、これまた人間が弓で的当てをする時とほぼ同等で、遠距離と呼べるが常軌を逸しているほど遠い訳でもない。
 ましてや、見た目は女性でも種族的に持つ潜在能力が人間とは比較にならないほど高いのだから、近すぎとも言える。一般的な近距離武器の間合いに入らず、更に迫られても対処が出来るだろうと白虎が思える・・・遠距離と評せる限界の距離だ。
が、彼女の投げる飛刀はなかなか的に当たらない。一番外側の円に当たったものが一本、それまでに投げた飛刀の数はいくつと知れない。
相手を殺す感覚を出来るだけ味わわないように・・・という主人たっての願いで遠近共に多種多様な武器を試してもらったが、先ほど剣を振っていた時より才能がないように感じる。まぁ剣の扱いも、見事なへっぴり腰でとても評価出来るものではなかったのだが・・・。
深海の箱・・・というより籠入り娘であった彼女は武器を持つ事が初めてだと言う。戦闘種族の白虎には想像も出来ない人生だ。それ故に悩みは大きくなる。今後、彼女は主人の望む程度にまで得物を使いこなし、味方の背中を守り戦えるようになるのだろうか?

「えいっ」
そんな考え事をしている内に、更に青龍の手から飛刀が放たれた。銀の煌めきは、白虎の理想より更に大幅な弧を描き・・・目的である的の遥か上を飛んでいく。青龍は少女と女性の中間辺りの可憐な顔立ちに小難しい表情を浮かべて的を見つめる。的の方が逃げているのでは?とでも言いたげな表情だ。
白虎的には、せめて魚のヒレというか海の波というか、そんなものを連想させる布地の多い舞踏用とも見て取れる衣装を・・・せめて袖だけでも短くすれば作業の邪魔にならないと思うのだが、そんな申し出をすればあの男が何を言い出し始めるともしれない。それは非常に煩わしく、後の面倒に繋がりかねない。
が、改善の方法もわからぬまま努力を続ける青龍の姿が哀れに思えた。助け舟を出す事で自分に降りかかるだろう災難を容易く想像出来たが、精いっぱい背を伸ばしても僅かに届かない果実を目の前にしているような気分でいるのも耐えかねた。結果、見かねた白虎が重い足取りで進み出る。

「セー殿・・・少し、体の向きを直させて頂いてもよろしいですか?」
「えぇ」
「では少し失礼して・・・」
首・腕・腰の鉄輪で留められた衣装は腰や袖に余るほどの布地が使われている反面、肩や腹部、膝下などは露出する形状のもので女性の持つ華やかさと曲線美を追求した一品となっている。白虎は異性の肌に触れないよう、しかしそんな不自然な態度さえ自然と思わせる流麗な動作で腰の鉄輪に指先を添わせる。込められた力は僅かであったが、意思をくみ取った青龍は力の向きに素直に腰の向きを変えていく。
「・・・もう少し足を開いて・・・出した足先の向きを標的に合わせるように・・・そう、とても良くなりました」
変化した体勢に満足した白虎が離れる。青龍は笑みを向けて感謝の念を送ると、再び飛刀を構えた。投擲の姿勢が洗礼され、先ほどよりずっと様に見える。
記憶にはないが、白虎自身もこうして武術を一から学んだ時代があり、習った自分が教える身になれたと思うと、己の成長を感じる事が出来て少し嬉しくなる。
青龍が振りかぶり、投げた飛刀は中心にこそ当たらなったものの二本目の命中を果たした。的の位置的にも新記録である。
「やったわ!」
跳びはねて喜びを示す青龍。感謝と歓喜がないまぜになって行動に出たのだろう、白魚のような手を伸ばして共感を誘ってくる。そんな行為を断って水を差すほど白虎は野暮ではない。
「おめでとうございます」
伸ばされた手をそっと取って賛辞の笑みを送る。
しかし、そんな師弟関係の合間に水を差す男が一人・・・。

「おいシー、そんなに気安くセーの体に触れるな」
苛立ち満載の声が背中に投げつけられてくる。予測していた白虎の顔には怒りも驚きもなく、呆れ冷めた視線を背後に送る。睨み合う相手は朽ちた屋敷の縁側に姿勢正しく座る玄武・・・の片割れ、名をクーちゃん。武器選別の邪魔をしないようにわざわざ主人に「動かないように」と厳命されているから不動なものの、そうでなければ飛び出して胸倉を掴みかねない形相である。
そんな彼に白虎はため息をひとつ。
「事前にご自身の許可は頂きましたよ?」
「オレが許さん」
彼の声に怒気が含まれているのは、恋人同士である青龍・・・彼女と異性の白虎が親身になっているからだろう。万一がないと分かっていても気に食わないのだ。
「そう言われましても、正しく武器を選ぶには姿勢は大切な事だと思いますが・・・」
「セーが武器を持つ必要などない。オレが全て倒せばいい話だ」
戦闘など野蛮、と豪語する男のまさかの発言に思わず真顔になる。それを成す根拠もなければ実力もない、というか好きな女性を守りたい一心による売り言葉に買い言葉な彼の態度に対し、白虎は元の向きに直って・・・、
「・・・と、おっしゃっておりますが?」
彼女に全てを丸投げる事にした。どうせ白虎が弁解しても自分に都合よく解釈されてしまうのだから。
青龍が白虎の横に進み出る。左手を腰に、右手を玄武に向かって突きつけ・・・、
「クー、わがままはいけないわ。シーさんは私の事を思ってやってくれてるんだから」
頬を膨らませて名の通りのふくれっ面。途端に玄武が何故怒られたのか分からない様子でひどく面食らった顔で青龍を見る。何がわからないのかわからない白虎は瞳に憐憫の色まで浮かべていた。
恋は盲目とは、よく言ったものですね。
「だ、だが・・・」
「だがもへちまもないの!」
言い訳さえ許されず、玄武は正座から床にくずおれそうになる姿勢を、床に手をついてなんとか耐える。前かがみになった玄武の濃緑の瞳には綺麗な雫(しずく)が溜まっていた。放置された飼い犬が見せるような愛嬌と懇願の入り混じった声で訴える。
「・・・セー、オレの事嫌いか?」
「クーの事は好きよ。でもワガママを言って困らせてくる男は好きじゃないわ」
青龍のごもっともな意見に、玄武の肘が折れ轟沈した。
「まったくもぅ・・・」
「・・・・・・」
悪戯っ子の面倒を見る母のような表情で嘆息する青龍の横で、両者にかける言葉を選びかねて沈黙を守る白虎。
普段、冷静沈着が形をとったような男が恋人の前だとこのザマである。何にも執着を持たなかった反動なのだろうか・・・良く言えば人間味のある。悪く言えば滑稽な。極端すぎて良くなったとも悪くなったとも判断しがたい。
そんな彼は見てる分には面白いが、それで済ませてはあまりに酷だろう。白虎は助け舟を出してやることにする。

「セー殿、少し休みますか」
「そうね。私も少し疲れちゃったわ。それにあの子達の様子も見たいし・・・」
「あの子達?」
白虎の敏感な感覚で探っても、辺りに三人以外の気配はない。不思議そうな表情を作る白虎に気づいた青龍は前方を指さす。崩れた築地塀の向こうの開けた空き地に緑が青々と茂っている。
「ひと月前から病気がちだったから少しずつ力を分けてあげていたんだけど、廃屋が崩れてこっち側まで日が当たるようになってからすごく元気になったみたい。もう大丈夫ね」
「植物に・・・木気の妖力を分け与えていらしたのですか?ひと月の間、ずっと?」
「えぇ、多くはないのだけど、途絶えないように気を付けていたわ」
彼女は気軽に言ってみせるが、恒常的に、しかも一定量の妖気を発散させ続けるという芸当は一種の才能を要する。過度も不足も許されない、神経を張り続ける精神力と忍耐力の強さが必要になってくるのだ。例えれば、すぼめた口で呼吸を続けながら日常生活を送るような・・・妙な息苦しさに耐え続ける作業。
忍耐のにの字を知らない黄龍なら数刻ともたないだろうし、白虎自身も必要と迫られれば可能だろうが数日で気力の疲労を覚える事だろう。
それを目の前の青龍はこなしてみせる。しかも出来て当然、と言うような顔ぶりで。
「なるほど・・・わかりました」
白虎は一瞬考え込み、おもむろに懐へ手を伸ばすと取り出した扇子の柄を青龍に向ける。木材の骨組みの上半分に薄い紙のようなものが貼られた、俗にいう蝙蝠扇(かわほりおうぎ)と呼ばれるものだ。蝙蝠扇自体は珍しいものではないが、今差し出されたそれは骨となる部分に微細な模様が描かれ、更に貝類の内側の素材を張り付けた螺鈿(らでん)彫りという技巧が成されており、扇子に貼られた素材もあまりの薄さに紙と表現したが、決して紙という材質では生み出せない硬質な手触りと輝きを持っている。薄い金属の板と呼ぶ方がふさわしい。

「こちらを貴方にお貸し致します」
「これは?」
「私の一族に伝わる四秘扇が一つ『風牙 花風吹(ふうが はなふぶき)』」
青龍は渡されたそれを両手でゆっくりと開く。意外なほど滑らかに開いた扇には金地に満開の桜の大木と舞い散る花弁の舞が彫り込まれていた。桜の見事な枝ぶりはおろか、花弁も一枚一枚向きや曲がり方の表情が違い、まるでどこかの風景を切り取って貼り付けたかのような躍動感を感じさせる匠の逸品である。
「元は風刃を生み出すのみの扇子でしたが、母上が改良と共に銘を付け加えました。母上はご自身の作った武具に『牙』の名を付けるのを通例としておりましたから・・・」
長く共にある扇子の姿に募る思い出がこみ上げたのだろう、見つめる白虎の瞳には微かな温かみがある。
「いいの?そんな大事な物を私に・・・」
そんな彼の表情に思わず躊躇の素振りを見せる青龍に対し、白虎は構わないと首を振る。
「物には適材適所がございます。これは大きな力より持続的に力を使い続ける事を要される道具・・・現在の仲間内で貴方ほどの適者はいないでしょう。これを用いれば、本人の戦闘能力はほとんど問題になりませんしね。使い方は、休憩の後にお教えしましょう」
武器の選別の結果として渡されるのだ。勿論綺麗な扇子というだけの代物ではないのだろう。大切な物を預かった責任感を胸に、青龍は決然と頷く。
「ありがとう。大切に使わせて頂くわ」
「えぇ」
扇子を袖にしまい込む青龍へ白虎は再度頷き、自分の檜扇を廃屋の方へ差し向ける。
「そろそろあの方の元へ行って差し上げて下さい。植物より先に枯れそうですから」
「・・・そうね、今日はちょっといじわるを言い過ぎちゃったみたい」
青龍は小さく舌を出すと、伏したまま動かない玄武の方へと駆けていく。
「種族もそうですが、性格や得意な分野まで・・・青月殿の元には本当に個性的な方々が揃ったものです・・・」
そんな彼女を眺めつつ、白虎はしみじみと思うのであった。




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