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2016年05月14日10:00

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マスターができるまで ナツコの恋 40

『ふん、そうか、
シノハラがのう、、』
肘をまげて枕のかわりにしヨコになっていた父はそう言うと、鼻の穴からタバコの煙をはいた。
二筋の煙はユラユラと揺れて天井の方に登って行った。
俺が煙の行方に見とれていると
『ほれで!』
とはなしの先を父が促した。
『お』
と思った俺は
『ほれでな』
と続きを語った。
ナツコがシノハラさんから焼き物を貰った事を話すと、にわかに父は
『ほう
あん時のヤツか』
と関心をしめし
『よけいな事を』
と眉をひそめた。
俺が
『真っ赤な模様の浮いた奇麗なヤツじゃったよ』
と言うと
『それが余計じゃ言うんじゃ。
シャレたマネをするんはええけんど、シノハラ、よけいナツコを燃えさせとる言うんが気づかんのんかいの。
困ったヤツじゃ』
と言った。
台所からは、ガチャガチャと、母の洗い物の音が聞こえて来ていた。
いつも以上に乱雑な洗いかただった。
俺は
『あがな音させてからに、
お母ちゃんは機嫌が悪いなぁ』
と思った。
俺の襟巻きが火災現場に落ちていたと指摘されたのが今朝の事だから、機嫌が悪いのは当然だが、それにしても乱暴な洗いかただった。
父も同意見と見え
『割れるで
あがな音させとったら』
と言った。
俺が
『お母ちゃん、まだ、今朝の襟巻きの事、根に持っとんじゃ
ひつけいけんなぁ、、』
と言うと、父は
『人ごとみたいな言い方はすな』
と言い、
『へぇで、ナツコ、他にはなんか言うとったか』
と聞いて来た。
俺は
『言うもなんも、』
と手をふり
『ナッちゃんの独り舞台じゃもん。
えんえんヤマナカ君が怪しいって推理を語っとったわぁ。
塾の出勤日に限って火事が起こっとったとか、その時になんでかしらんがヤマナカ君が塾をサボっとったとか。
なるほどと言うような名推理のオンパレードじゃったわぁ。
じゃもん、ワィのはなしやこ聞いてくれんわぁ』
と言った。
父は
『ふーん』
と煙をはき
『いよいよナツコにも困ったもんじゃのう、
そがん事は警察に任せとったらええんじゃ、
ヤマナカ、ヤマナカ言うてからに、、』
と言った。
俺が
『シノハラセンセにええとこ、見せたかったんじゃろ』
と言うと、不意に父は俺の方を向いて
『ええか、』
と目をむき
『おめぇはおっちょこ(粗忽もの)じゃから尻馬に乗って、迂闊な事をいうクセがある。
お宮で聞いた不良の事にしても、「テング」いう文句にしても、なんもヤマナカ一人が言う文句とは限らんのんじゃけんの。
テングいう単語じゃったら、まぁ、さいさいは使わんにしても、ワシでも使う事はあるんじゃけんの。
小説みたいに、東京駅のホームの数分の隙間を狙うてなんぞ仕出かすじゃなんぞいうような事は、現実にできる事じゃねんじゃけんの。
あれはの屁理屈言いの作家が、応接間かなんかで考えた紙の上だけの筋なんじゃけんの。
松本清張の小説みたような事は、現実に起こる事じゃねんじゃけんの。
それよりも、、
滅多な事をいうたら、それこそ、名誉毀損で、ハルキ君のお世話にならんとおえん羽目になるで、ええの
余計な事は言うなよ』
と言った。
俺がタジタジとなり
『言わんよ』
と言った時、台所から食器のわれるもの凄い音が聞こえて来た。
俺が
『やった!』
と言うのと台所から母が
『すんません!』
と言うのが同時だった。
父は吸っていたタバコを灰皿でにじり消すと、腰を浮かし
『ええ、ええ
形あるもの姿を消すじゃ』
と言い
『こりゃ!
そがなモン、手で拾うな
帚ではけ!
怪我するがな。』
と言った。
その時、俺は、父がポツンと
『シノハラ、ナツコに渡した焼きもん、一個だけ残っとるいうたんか、、
なんで一個だけなんじゃろの、
まさか、あいつも割ってしもうたんかいの
焼きもん、、、』
と呟くのを耳にした。
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