mixiユーザー(id:91293)

2016年05月08日10:34

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ロシア・・・

ここ数年、ロシアについて多少勉強してきたのだが・・・その中で感じたことはある種の異様さだ。
別にロシアが異様な国だというわけではない。「日本で報道されているロシア」が異様なのだ。

ロシア関係のニュースはもちろん、ロシアの通信社・報道がベースになっているものも少なくない。が、圧倒的に多いのはロイター(もともと英国の通信社、現在はカナダのはず)など「西側諸国」の報道である。日本の新聞社、テレビ局、通信社の流しているニュースは「元西側諸国のフィルタ」を通してのものがあまりに多い、ということだ。
当然、それらの国に都合のいいように取捨選択されたものだけが日本国民に届けられることになる。「報道しない自由」も当然のように行使される。

もちろん、ロシア側の報道がまるごと信頼できるわけではない。昔のVOR(ロシアの声)も今のSPUTNIKも「明らかなホラ話」を交えた報道が行われているわけで、ときどき「頭大丈夫か?」と思うし、数字・数値が推測に過ぎなかったりするので要注意ではある。

それでも、欧米経由の情報とは「まるで違う」国だというぐらいはわかってくる。
プーチン大統領が「野心」ではなく、それなりに「ロシア国民のため」の政(まうりごと)をやっていることも見えてくる(ロシア国民からの支持が高いのも当然)。

その上でもう一度考えてみよう。
「 北 方 4 島 は 本 当 に 返 還 さ れ ね ば な ら な い の か ?」
もちろん、返還していただくに越したことはない。

だが、サンフランシスコ講和条約などを読んでみれば「しまった!」という話になる。第2条Cで日本はポーツマス条約で得た領域を放棄してしまっているのである。そこに北方4島の帰属は書かれていない。それ以前もかなりグレーゾーンだった島のようだ。
その時点で島の帰属問題をアメリカおよび世界に認めさせていれば、反論の余地はあっただろうが、条約そのものを読むかぎりにおいて、日本は不利だ。

元住民の方々や、北海道の漁業者などが望んでいることは何だろうか?もちろん、私の憶測に過ぎないことは重々承知の上だ。
島に帰り、住むことができて、自由に漁ができて、安全でいられること、ではないだろうか?
その土地がどの国の領土であるか、ということよりも、自分が自由に安全に行き来し、仕事ができ、土地を収得でき、安心していられる場所であることのほうが大切ではないだろうか。

それならば、互いに張り合って縄張りの取り合いをするよりも、双方でルールを決めて、往来や職業、漁業を含む資源開発、居住、交易の自由を認めるほうがずっと有益なはずだ。

日本が名を捨てて実利を取る、という選択肢もないわけではない、ということだ。
もちろん、多くの反対者が出てくるだろう。国粋主義者に限ったことではない。一番うるさいのはアメリカ政府のはずだが・・・日本が友好国を増やし、平和条約を締結するのに、アメリカの顔色を伺う理由などどこにもない。
(現実問題として、日本の首相がロシア大統領と首脳会談をやる、と公表したのと前後してアメリカは日本を「為替ウォッチリスト」に載せてくれた。おかげで円高が進んで大迷惑である・・・これもあくまで憶測だが・・・)

日本がロシアと平和条約を締結し、安全保障分野でも協力ができるようになれば、困る国は・・・アメリカだけではない。日の落ちる方向に3つぐらいあるが、日本の平和外交に口出しされるいわれなど微塵もない。

戦後半世紀以上経っているのに、ソビエト体制が崩壊してから四半世紀が過ぎたのに、ロシアやロシア人を恨む必要はあるだろうか。何十年、何百年恨み続けるのは日本人のメンタリティではないだろう。

実際にどう進むかはまだまだわからない。
だからこそ、元住民の方々、北海道のひとびと、すべての日本人、そして同様にロシアの人々にも利のある解決方法を模索し、実現していただきたい。

<日露首脳会談>「北方領土動く気配」元島民、期待と不安
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3981402
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