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2016年05月08日09:58

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マスターができるまで ナツコの恋 39

シノハラさんが取り出したモノは新聞紙に包まれていた。
『なんじゃろ』
ナツコはワクワクするような声を出した。
シノハラさんは
『笑わんでくださいよ』
と言うと丁寧に新聞紙をはがしていった。
すると中から小さな湯のみ茶碗が出て来た。
ナツコは
『あ』
と言った。
『これをナッちゃんに』
シノハラさんはそう言うと恥ずかしそうに煙を吐いた。
ナツコは、それを見た瞬間、それまでの名推理なそどどこかへ吹き飛んだような風情になり、再度
『あ』』
と息を飲むと
『思い出した。
これはお正月に焼いていたアレですね』
と言った。
俺や父も見た事のある、それは、シノハラさんの手になる作品だった。
シノハラさんは
『これは失敗作ですわ
火力が強すぎました。
じゃから、ほれ、ここら、、』
と、とナツコが両手で抱くように持っている湯のみの側面を指差すと
『こがなえげつない色になっとる。』
と顔を歪めるようにして貶した。
ナツコは腑に落ちなげに
『そうじゃろか』
と言うと、よく見てやろうといわんばかりに、持っている手をまっすぐのばすとシゲシゲと眺めた。
確かにその湯のみの側面には、無造作に、筆で書きなぐったような赤い模様が、太い細いの違いを見せながらいくつも走っていた。
むしろ地の色のほうが控えめと言っていいような感じだった。
顔面に赤あざを持っている人のような違和感があったので、思わず俺は
『すげ!』
と言ってしまった。
シノハラさんは
『すげぃじゃろ』
と笑うと
『この赤いんをヒダスキ言うんじゃけんど、これは朱が強すぎる。
カタワモンじゃ。
売り物にはなりゃあへん。
ま、こがなモノを焼いてしまうワシが、まだまだ未熟モン言う事なんじゃけんどな』
と言い、三たび、煙を吐いた。
ナツコが俺に
『余計な事を言うな』
という目配せをし、
『ほんなら、、
お正月に焼きあがった作品は全部オジャンなんですか』
と聞くと、シノハラさんは黙って頷いた。
俺が
『ワィのはねん?』
と割って入り、
『なんも、捨てんでもええが、
ウチに持っておいでぃ
お父ちゃんが全部、買ってくれるよ』
と言った。
するとシノハラさんは
『ははは』
と渇いた声で笑い、
『御免で。
ボクのはねんじゃ。
勿論、先生んとこにも持っていけん』
と言った。
俺は
『なんで?
なんで?』
と繰り返しそう聞いた。
シノハラさんは
『割ってしもうた。
木っ端じゃ。』
と言った。
ナツコは大きく顔を歪めた。
シノハラさんはいささか自虐的に
『じゃからあんときの作品はねんじゃ
はい、さいならじゃ』
と言った。
それは陽気そうにみせかけ、苦しそうな物言いだった。
俺が
『ありゃ、もったいね』
と言うと、ナツコは俺の膝を叩き、
『と言う事は先生、これがこの世の唯一の作品なんですか』
と言った。
シノハラさんは左右に手をふり
『お嬢さん、アンタ、いちいちもの言いが大げさじゃ
唯一の作品じゃとかなんとか、、
ま、あん時に焼いとったもんは、確かにこれだけになってしもうたけんど、またいつでもこれよりええモンを焼いてあげるがな。
ちなみに五月にまた、新作を焼きにはいるけん、是非、みにおいでんせぃ
ボクもな』
と言った。
ナツコは、ヒダスキのよりも顔を赤くすると
『はい』
と息をのみ、この世で一個だけになってしまった作品を大切そうに胸の前に抱え、シミジミと眺め入った。

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