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2016年05月07日09:58

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マスターができるまで ナツコの恋 38

俺はナツコの説明を聞いているうちにどうしても言いたくてたまらない事が心にわいて来た。
それは昨夜のお宮での一件だった。
どこかで見失ってしまった襟巻きが火事の現場に落とされていた事や、ハルキ刑事がわざわざそのため我が家にまでやって来て、それが家庭度争議の元になった事などは、昨夜のウチからナツコにも説明していた俺だが、一つだけ説明していない事があった。
それは犯人とおぼしき男子達が不用意にもらした
『テング』
という文句の事だった。
果たして、
『テング』
などと言う文句を口にする中学生がこの界隈に何人いるだろう?
書物に親しんだ大人ならいざしらず、放火でもしでかそうかと言う素行不良の中学生が
『テング』
などと言う言葉を日常会話の中で用いるであろうか?
それを聞いた時から俺の心には一つの疑惑がある記憶を伴って浮かびあがっていた。
と言うのは、俺の記憶で
『テング』
という単語をしばしば用いる若者の心あたりは一人しかいないという事だった。
それが、今ナツコが話題にしているヤマナカ君だった。
数ヶ月まえに遡る。
いっぱしの文豪を気取っていた俺が自作の詩を、たまたま、歯の治療にやって来ていたヤマナカ君を呼び止め、読んでもらい、感想を聞かせてもらった事があった。
一読した後のヤマナカ君は
『ふーん。
こがん事をヨシヒロちゃんは書くんじゃなぁ』
と言い、
『でもな』
と語をつぎ
『精一杯大人びて書いとるが、文言のそこここにワシはそこらのガキとは違うぞ、といういわば、テングになった自意識の高さが散見される詩じゃな。
もうすこし平易な文言で,子供らしい詩を書いてご覧、
そうしればもっと読む人の心をうつモンが出来上がると思うよ、
今のヨシヒロちゃんは、ええころ、おテング様になっとる』
というモノだった。
自尊心の高い、それこそ、テングのようになっていた鼻をへし折られたような気になった俺が、その時の事を、ある種の執念を持って記憶に止めていたのは当然の事だった。
きっと
『テング』
という単語はヤマナカ君の口癖だったのだろう。
その
『テング』
という、いわば、なじみの薄い単語が不意に飛び出した昨夜、俺の驚きはあたかも、眼前にヤマナカ君本人が出現したモノに似た感があった。
そのはなしを俺はナツコとシノハラさんに早く打ち明けたかった。
しかし、ナツコは自分が発見した日付の符号を悦に入ってシノハラさんに説明していた。
最初は不承不承のような感じだったシノハラさんも、すっかり本気でナツコのはなしに耳を傾けていた。
その事がさらにナツコを雄弁にしていた。
ナツコはメモをハリセンのようにし、テーブルを叩き、
『一回や二回ならいざしらず、そうたびたび、偶然が重なる言う事があると思いますか?
おかしいでしょう?
なんでヤマナカ君が塾の講師に入る日に決まって火事が起こるんです?
それも一回だけならいざ知らず、
さらにその日、決まってヤマナカ君は講師のバイトをさぼっとるんですよ。
あたかも火事がある事を見抜いているような振る舞いでしょう?
おかしいでしょう。
これだけおかしい事が度重なる言うんは、それはもはや、偶然とは言えんでしょう』
と言った。
シノハラさんは
『うーん』
とうなり
『確かに怪しい事は怪しいけんどなぁ、、
じゃけど、それだけでヤマナカ君を犯人あつかいしてしまう言うんはなぁ
何か軽はずみな気がするなぁ。』
と言い、タバコに火をつけた。
そしてシノハラさんは煙をふっと吐き、
『まぁナっちゃん、
悪い事は言わんから、お嬢さん芸の探偵ごっこはそこらどまりにしなせぃ。
じゃねいと、大けがをしますで。
それより、ほれ、今日、ワシがアンタをここに呼んだのはこれを上げるためです。
貰ってください』
と、言うと、足元の紙袋から小さなものを取り出した。
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