このコラムの進学校の場合だけについて述べます。
教師を、「対価を支払って、サービスを売ってくれる人」と捉える。
まあ、そういう子は多数派ではありません。
しかし、その場合の問題点を挙げます。
1 学者の学力がないと、本当は無理。
2 サービスの目的が間違っていることが、圧倒的に多い。
3 入試など短期的なものが目標になりがちである。
4 対価は、高い。親の商売の失敗などで中退の悲劇もある。
たとえば、
現代文を読む方法を教えろ
というのがあります。
そんなのは、ありません。
あるとしたら、非常にキツい、字数制限付きの論旨要約です。
ぼくは一貫して予備校ではそれをやっていますが、
<しかし>の後にマークせよ
などと言っているのがウケがいいようです。
つまり、力をつけるのではなく、飛ばし読みで何とか合格しようとする姑息な手段です。
弁護士でいうと、
どんな無理な主張であっても、
たとえば、「A男は、君を幸せにするといって、私と関係した。私は美女だから、損害賠償一億円を請求する」といった類の訴えすら
「絶対に勝訴できる。三億円請求しよう」といって、高額の着手金をふんだくり、敗訴する。
「残念だったね」ということを、繰り返しているようなものです。
素人に訴訟のことはわからない。
まして、子どもには学問が分かりません。
単に、要求に応える/応えない
ではなく、方向の間違いを正さなくてはいけません。
だから、一般に言われている先生の評判は、「?」をつけるべきでしょう。
間違った指導により、100人のうち、80人に受けている人よりも、
100人中、20人の心得違いを直す人の方がいいに決まっているからです。
教育現場の問題の元凶は教師なのか? 教師が生徒からも親からも尊敬されなくなった理由とは?
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=140&from=diary&id=3892635
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