津島遺跡の続編です。
ここは戦後になって運動公園として造成された為、野球場,武道場など公園施設によって遺跡の一部が破壊される。
しかし、保存運動により大部分が残されている。
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「津島遺跡」
昭和43年(1968年)に岡山武道館を建設中に集落と水田跡を発見。
昭和46年(1971年)に史跡指定。
マップには史跡指定範囲と調査場所(試掘杭)が明記されている。
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「遺跡ミュージアム・コーナー」
ここ“シティライト・スタジアム”(陸上競技場)の1Fに「遺跡&スポーツMUSEUM」が開設され無料公開されている。
1961年〜1969年にわたる発掘調査で、縄文時代晩期以来の遺跡である事が判明。
下層の水田跡は弥生時代前期の湿田、上層は同時代中期に乾田となっている。
このミュージアムでは弥生時代の水田農耕技術の発達の様子や各種出土品等を展示している。
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床下を見ると発掘状態をそのまま保存している。
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「津島遺跡の土層」(はぎとり)
この遺跡は旭川から流れた厚い土砂で覆われている為、その断面を観察する事で当時の自然環境や土地利用を知る事が出来る。
弥生時代前半の水田や古墳時代の竪穴住居と土器片、近代の水田と造成土等、長い歴史がこの1枚に凝縮されているのだ。
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「弥生時代の家」パネル解説
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各種の出土品
左:石包丁、石剣、石鏃
右:クスノキを削って作った「枕」
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壺等の土器類
ここにこんな貴重な展示室があるとは・・残念ながら岡山市民にあまり知られていない。
私が知ったのも昨年の事だ。
運動公園にわざわざ行かない限り見学する機会も無かっただろう。
さて、次回は同館内に展示されている「スポーツ・ミュージアム」を紹介したい。
つづく
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