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2015年10月20日05:59

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摂津探訪/尼崎城址

先日は芦屋の展示会を見学する前に「尼崎城址」を見学した。
またまた同行のTSAMさんに無理を言って寄り道してもらった。

「尼崎城」は永正16年(1519年)、細川高国がこの地に砦を築いたのが始まり。
元和3年(1617年)、5万石の大名として戸田氏鉄が300m四方の地域に高さ18mの四層天守を備えた本格的な城を築城する。
しかし、明治初年の廃城令で城の建物や堀も埋め立られすべてが消失してしまう。

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↑(TOP左画像)
「尼崎城堀跡北浜公園」
北城内で道に迷いながら石碑と解説案内板を発見。
しかし、目的の場所(南城内)はここではない。

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↑(TOP中画像)
「伏見門跡石碑」
この辺りはかつて「二の丸」の内掘と中堀を結ぶ「四角堀」と「伏見門」があった。
城跡の石碑が明城小学校に設置。

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↑(TOP右画像)
「尼崎城址公園」
ここは「西三の丸」跡地で、庄下川沿いに城址公園が整備され、石垣と城壁が復元されている。

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「尼崎市立図書館」
城址公園に続いて隣地に建てられた図書館にも模擬城壁を復元。

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「尼崎市発祥之地・尼崎城址石碑」
城址公園のすぐそばに設置。

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「櫻井神社」
明治10年(1877年)明治政府と西郷隆盛軍の間で西南戦争が勃発。
負傷者が増える惨状を知り、櫻井忠興公(尼崎藩最後の藩主)が有志救護団体「博愛社」を結社させ私財を投じて病院を設立し、医師、看護夫を戦場へ派遣。
この功績が明治政府に認められ、明治20年(1887年)に日本赤十字社が誕生。
そんな創建者をお祀りする神社として、本殿と拝殿は明治15年(1883年)に竣工。
兵庫県指定文化財に指定されている。


尼崎城は東の大物川、西の庄下川を天然の堀として取り込み、海にも近い立地だった事から、水に浮かんだ優美な城だったと言う。
そんな美しい姿から別名「琴浦城」とも呼ばれている。
しかし、この周辺も開発で宅地化が進み、当時の遺構はほとんど残っていない。
最近になって「城址公園」として石垣と城壁の一部を復興した事がせめてもの救いだろう。



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