最近、日本でもアメリカでも、原爆投下に対して「謝罪」という言葉が聞こえてくる。
が、私は決して、アメリカにもアメリカ人にも、アメリカ大統領にも謝罪を求めない。
ただ、実際に広島に、長崎に来て、見てほしい。
「プルトニウム・ファイル」という恐ろしい本を、オッペンハイマーの「原子力は誰のものか」を、アンドレイ・サハロフの自伝を、読んでみてほしい。
ベトナム戦争の記録を、劣化ウラン弾を扱った本を、手にとって見てほしい。
アメリカ人だけでなく、日本人にも、もちろん、他の国のひとびとにも、同じように。
第2次世界大戦に続く、歴史をたどってみてほしい。できれば、当時書かれた本や記事で。
その上で、平和というものを考えるのであれば、話を聞こう。
その上で、アメリカ人が謝罪するなら、受け入れよう。
70年もたってしまって、当時の大人はもういない。
謝罪は要求するものではない。ましてや、子孫にまで謝罪させるなど、あってはならない。
謝罪は、自分の良心によって行うべきものだ。
だから、現代のアメリカ人が原爆を、爆撃を厭うのであれば、今現在のことも考えてほしい。
正義は「悪者をやっつける」ことではなく、「困っているひとを助ける」ことだという当たり前のことに目をむけてほしい。
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