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2015年04月04日09:56

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マスターができるまで 久々1342

おじさんはいくら母が進めても
『ええですけん。ええですけん』
と固辞し続け、上へ上がろうとはしなかった。
母は困ったような顔になったが、それでも、お茶を淹れるためか、台所の方に戻って行った。
その間、父がおじさんの話し相手をつとめる事になった。
おじさんは
『奥さん、かまわんで下さい。
ワシはじき、いにます(帰えります)けん!』
と言った。
しかし、父は
『まぁええけん、ええけん
遠慮するほどのモンは出さんけん』
と引き止め、上がり框の脇にやおら腰をおろすと
『そりゃ、そうとスワキさん、クスオバさんのお墓はどうするんです』
と聞いた。
おじさんは顔をひきしめ
『そりゃあ、先生。』
と言うと
『スワキの墓に入れるに決まっとりますがな
当然ですらぁ、、』
と答えた。
父は
『ほうかいな、、
せいでええんかいな、、』
と言いつつ
『塩生にゃあ、クスオバさんの二親も眠っとるというのになぁ』
と言った。
おじさんは
『何をいいなさる』
と手を振り、
『籍こそあれじゃけんど、クスさんはワシのおっ母さんじゃけん。
何よりそれに、オヤジも寝とる我が家の墓に入れたらんと、オヤジがさぶしがって化けて出てきますがな』
と笑った。
そして、おじさんは母の持って来たインスタントの珈琲を
『ええカザ(匂い)じゃぁ。
こりゃ、モカですか?』
と言いつつ飲み干し
『お邪魔様でした』
と言って立ち上がった。
そのさい、おじさんは、言おうかどうしようか、若干のためらいを見せつつ
『ご隠居さんと、タジマの先生にもかたがた、お礼を言うとってつかぁさい。
本来ならワシから出向くのが筋じゃけんど、それも、アレじゃけん。
たのんますわぁ』
と言った。
父は
『わかっとります。
よう言うときますけん、気にしなさんな』
と頷いた。
おじさんは安心したような顔になって、
『ほんなら』
と言い、やって来た細い路地から帰って行った。
俺はおじさんの後を追いかけて行きたくなった。
しかし、勝手口に俺の履物はなく、俺は履くモノを探すのに手間取った。
土間にはごったになった下駄があるだけだった。
俺は
『ええわぃ』
と思い、大きさと、左右の鼻緒の色が異なっている下駄に足を下ろすと
『おじさん!待ってぇ!』
といって路地を走って行った。
母が
『こりゃ
どこ行く!』
と言ったが気にしなかった。
しかし、出てみた表通りには、遅い夏の宵闇がたれ込んでおり、銭湯にやって来た人の姿ばかりが目立っていた。
おじさんの姿は薄色の宵闇に飲み込まれてしまったかように、見えなくなってしまっていた。
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