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2014年11月22日10:32

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マスターができるまで 久々1306

俺は、こっそり、母の後について行った。
父は
『やめとけぇ』
と言ったが、それほどはげしい言い方ではなかった。
その語調からさっするに、どうやら、父も、内心では、祖母の豹変にいささかの興味を持っているようだった。
仏壇の部屋に着くと、丁度、頃合いよく、部屋の襖が半開きになっていた。
最後にはいっていった美保子叔母が閉め忘れたに相違なかった。
俺は襖の影に身を隠し、中を伺った。
黒光りのする仏壇を前に、祖母は端座していた。
至る所に金具のような装飾が施された仏壇は、わざわざ高松まで船で赴き、買ってきた大層な仏壇で、祖父が亡くなり、三年たった今でも、銘木独特の匂いが、俺のところまで立ちこめてくる逸品だった。
祖母は、そんな香りにふさわしいたたずまいで、母に何か命令していた。
小さな声だったので、何を言っているのか判然としなかった。
もしかしたら、それは、懇願していたのかもしれないが、祖母の顔つきと、母のへりくだった様子からさっするに、それは、命令としか受け取れない風情だった。
実伯父が真剣な顔で、そんな母を覗き込むようにしていたが、ときおり祖母の発言に補足するような形で、何か言い足していた。
祖母の発言には小さく頷いていた母だったが、実伯父の発言に対しては、石になったように無言を貫いている母だった。
じれったそうに、美保子叔母がときおり
『ノブエさんじゃって、うれしかろう
じゃって古谷の嫁としてええ顔できるんよ』
と言っていた。
美保子叔母の声だけが、あたりを憚らない大きさだった。
そんな時だけ、母は美保子叔母に対し、
『へぇ』
とか
『別に』
と言っているに相違なく、小さく口元を動かした。
最後に祖母が
『ノブエさんや』
と、俺にまで聞こえる声を出した。
母が
『へ』
と、これまた大きな声で返事した。
祖母が皺ばんだ口元をもぐもぐさせてひとしきり何か言っていた。
『アマタ』
とか
『ゆうさん』
とか
『恥さらしな』
という文句が聞こえた。
そして
『の、
頼みましたで』
ととどめをさすような言い方をした。
母も
『そういう事なら』
と観念したように言うと
『わかりました』
と頭をさげた。
実伯父は満足そうに頷いていたが、美保子叔母は
『最初からそう言え、
ずいぶんと、手をやかせて』
という顔をしてヨコを向いた。
実伯父が締めのように
『はなしもすんだ事じゃし、なんか、コバラがすいたの。
美保子、
おいしいうどんでも作ってくれや』
とそんな美保子叔母の機嫌をとるような事を言った。
俺は、さっと身を翻すと、父の待っている台所に戻っていった。
イライラしていたのか父の前にはうずたかく煙草の吸い殻が盛り上がっており、もうもうと紫煙がたなびいていた。
帰って来た俺をみて
『どうじゃった?
何を話しょうった?』
と、父がせき込んで聞いて来た。
俺は憶測も交え、見て来た事の一部始終を説明した。
父は
『実のヤツ、そがな事を言うとったか』
とか
『美保子のアホンダラめが』
と言った。
その時、母が戻って来た。
父が
『おえ、嫌なら行かんでもええんで
葬式やこ、、』
と言った。
母は、そんな父に対して満足な返事もせず、
『なんです、このケムは!
息も出来ん!
空気の入れ替えをせな』
と言うや、換気扇の紐を引いた。
父は、嫌な顔をしたが、母は頓着せず
『これから美保子さんが手の込んだおウドンをこさえられるそうですけん、
私は下働きせんとおえません。
さぁ、男どもは邪魔、邪魔、
あっちへ行ってくだせぃ』
と言い放った。
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