に挨拶に行き、カフェで昼食。2時からの<悲劇的な終末の場所として知られている私たち(20区)のペールラシェーズの歴史の1ページを共に考える討論会>に出席するため頃合いを見ていきましたが皆ピッツァを食べていて3時近くまで会場に坐っていました。5時からのアコーディオンとシャンソンの歌手Riton la manivell(手廻し・レフレインとでも訳すのでしょうか)さんもいたので写真を一枚。
1871年にパリ・コミューン代議員、最前線でも活動し、コンミューンの崩壊した5月に拘束されてニューカレドニアへと追放処分となる。1880年にフランスへ帰国した際には非常な人望を獲得しており、プロレタリアを支援するデモや集会を数多く先導した。幾度も投獄を経験するが、フランス全国において影響力のある政治活動を継続し、74歳で没するまでこの姿勢を変えなかった(Wikipediaより抜粋)。
nouvelle Caledoniaの監獄跡の映画も見ました。
5時半ころからアコーディオン、コントラバス演奏でRiton la Manivell(手廻しレフレイン)さんが大きな身振りで唄いました。最後はもちろん
Quand nous chanterons le temps de cerises
さくらんぼの咲くころ、で全員が自然に合唱しはじめ感動的でした。
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