8月1日金曜日は、親友バカネコ氏運転のレンタカーで、白鳥台から国道244号線を北上、標津(シベツ)郡標津町へ入ってから、野付半島を走る道道950号線経由でナラワラへ向かいました。
https://www.google.com/maps/place/%E3%83%8A%E3%83%A9%E3%83%AF%E3%83%A9+%E5%B1%95%E6%9C%9B%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B9/@43.6090202,145.2541763,14z/data=!4m6!3m5!1s0x5f6c533a3d975ceb:0x5eaa09f85eea4a73!8m2!3d43.6090211!4d145.2747747!16s%2Fg%2F11nwkj8507?entry=ttu&g_ep=EgoyMDI2MDgwOS4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D
野付半島は、全長約26kmにも亙る日本最大の砂嘴(サシ)で、西側の付け根部分は標津郡標津町、東側の先端部分は野付郡別海町に属します。別海町に属する先端部に民家は殆ど無く、野付半島ネイチャーセンターと、漁業関連や土木・建設関連の資材置き場が存在するのみです。「野付」の名はアイヌ語で下顎(シタアゴ)を意味する「ノッケウ」に由来し、砂州の形状を鯨の下顎に準(ナゾラ)えたと考えられています。日本遺産「鮭の聖地の物語〜根室海峡一万年の道程〜」の構成遺産にもなっています。
半島の内側が野付湾で、そのうち西部は尾岱沼(オダイトウ)と呼ばれます。野付半島・野付湾は、野付風蓮道立自然公園に属し、国指定鳥獣保護区特別保護地区ともなっており、湿地の保全に関するラムサール条約の登録地でもあります。
さて、ナラワラとは、野付半島の野付湾側に於いて、水楢(ミズナラ)や岳樺(ダケカンバ)等の木々が立ち枯れたまま残る絶景スポットです。
海水の上昇や地盤沈下によって運ばれた塩水により、木々が枯死して風化した事で、まるで「この世の果て」とも評される荒涼とした幻想的な景観が作り出されました。
風化の進行が比較的緩やかなため、まだ木々がしっかりと原形を留めています。
しかし、将来的には枯木群が完全に消滅する事は確実です。
この辺りは完全に草原化していますね。
野付湾です。
こちらは野付水道側で、国後(クナシリ)島が遠望出来ます。
国後島には標高1000mを越える山々が連なっているので、遠方からでもはっきりと見えるのです。
こちらは知床半島です。
知床半島にも1000mを越える山々が連なります。
浜茄子(ハマナス)が咲いていました。
続いて、道道950号線を東進してトドワラ入口へ向かいました。
ここには野付半島ネイチャーセンターがあり、専門員が常駐して野付半島周辺の動植物や地理・歴史を解説展示しています。食堂・売店もあります。
トドワラとは、椴松(トドマツ)が立ち枯れた場所です。
ナラワラ以上に、海水の侵食や潮風による風化が激しく進んでおり、既に多くの木が朽ちて倒れ、平坦で荒涼とした原野が広がっています。
トドワラ中心部までを往復する有料のトラクターバスが運行されています。
我々はスケジュールの関係で、これには乗らず、少しだけ歩いてみました。
荒涼たる光景が広がります。
この道はフラワーロードと称していますが、花は殆ど見られませんでした。
野付湾です。
野付湾は浅い干潟が大半なので、甲殻類や貝類が豊富で、それを餌とする渡り鳥が多数飛来します。
蝦夷鹿が歩いて渡っていました。
北狐(キタキツネ;Vulpes vulpes schrencki)がいました。
まだ子供ですね。
野付半島ネイチャーセンターの隣にある津波避難塔に登ると、国後島が良く見えました。
こちらは知床半島です。
ネイチャーセンターから少し東進すると、駐車場があり、ここから先は一般車通行止めになっています。
少し歩くと、野付埼灯台があります。
昭和28(1958)年に開設され、昭和57(1982)年に改築されました。
灯質は等明暗白光で、実効光度は9100cd、光達距離は12海里(約22km)です。
白亜の美しい灯台ですね。
野付水道に面した海岸に出てみました。
国後島が遠望出来ます。
国後島とは16kmの距離です。
この付近には蝦夷鹿が大量におり、車と競争する奴もいました。
草が豊富なうえ、国指定鳥獣保護区特別保護地区になっており、羆もいないため、蝦夷鹿にとっては「地上の楽園」になっているのです。
人に馴れており、奈良公園みたいな状態になっていました。w
《続く》
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