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2026年03月15日21:24

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オーケストラの音楽史

『オーケストラの音楽史―大作曲家が追い求めた理想の音楽』(新装版)

パウル・ベッカー著、松村哲哉訳、白水社

パウル・ベッカー(1882-1937)といえば、ブラームスやマーラーなどの曲目解説でしばしば見かけるドイツの音楽評論家の名前です。ベッカーの著作では『西洋音楽史』がとくに有名ですが、晩年の1936年に書かれたのがこの『オーケストラの音楽史』。ベッカーはベルリン生まれのユダヤ人で、ナチス政権下のドイツから逃れてフランス経由でアメリカに渡っていたことから、本著はあえて英語で書かれています。翌1937年にベッカーは亡くなっており、おそらく最後の本でしょう。

『オーケストラの音楽史』は、オーケストラに焦点を当てながら、作曲家たちがオーケストラに何を求めてどのような作品を書いてきたか、その歴史と同時に社会背景との関係についても述べるという内容になっています。原題は "The Orchestra" なので、邦題はその内容を汲んで付けられたんでしょう。

前段にオーケストラの成立についても触れていますが、今日的な意味でのオーケストラの歴史は交響曲の出現とともに始まったとベッカーは見なしていて、最初に登場するのはハイドンです。ハイドンの交響曲は啓蒙思想に基づく理性と調和をめざす合理主義であり、これに対しモーツァルトはオーケストラにオペラ的な歌の要素を取り入れた個人主義。ベートーヴェンはダイナミズムの追求によってこれらを融合し、ロマン派への道を開いた。ざっくりこんな感じで明快な語り口です。以下は印象的だった部分をつまみ食いf^^;。

シューマンに対してベッカーは冷淡です。シューマンは常にピアノをベースに曲を考えていて、アイデアは独創的だがオーケストラの特性に関する直感的なセンスに欠けると言っています。マーラーやワインガルトナーがシューマンの交響曲に手を加えるようになった時代で、そういう評価が広がっていたことがうかがえます。その一方で、マイヤーベーアに対する評価は高い。マイヤーベーアはオペラ作曲家で現代ではほとんど無視されているから聴こうと思っても難しい(ーー;)。

また、「世紀末のオーケストラ」としてブラームス、ブルックナー、マーラーをひとつに括っているのもちょっと意外。ベッカーはここで、オーケストラの革新と発見の時代は終わり、後ろを振り返ってそれまでの成果を磨き上げる折衷主義の時代になったといいます。彼らの後、オーケストラは「芸術(手法や表現)のための芸術」となり、さらにはメカニズムとしての役割を果たすだけとなり、いまや音楽界全体が過去の遺産だけを頼りに活動しているように見えるとし、「オーケストラは終わった」と語ります。現代の聴衆は「いっぱしの目利きかもしれないが、創作への協力者ではない」とも述べています。

先走りましたが、ブラームスについてはけっこう刺激的な記述があります。ブラームスがなかなか交響曲を書こうとしなかったのは、ベートーヴェンを意識しすぎたからとよくいわれますが、ベッカーはそれを否定しています。そんな「くだらない謙虚さ」をブラームスは持ち合わせておらず、考えられる唯一の理由は本人にその気がなかったからだと。ブラームスの第一交響曲をビューローが「第十」と呼んだことも紹介していますが、ただしビューローはこの「第十」はベートーヴェンの第九の延長線ではなく、第二と第三の間に位置していると付け加えているそうで、ベッカーは「これは作品に対するまことに正しい評価だと言うべきだろう」と認めています。第二と第三の間なら「第二・五」じゃないの(爆)。マーラーについては8番を最高傑作としているのが物議を醸しそう。またマーラーの交響曲でもっともよく書けているのは中間楽章だと指摘しているのも鋭い。アルマの回想録は出版前?で、「マーラー伝説」はまだ一般的に知られていなかったということかもしれませんが、マーラーブームが来るずっと前の録音すらない時代に、これだけのことを書いているのは素晴らしい。

あと、19世紀後半から聴衆の興味が過去の作品に移り、音楽の再現・演奏が重要になってきたとして、指揮者についてもページを割いています。この種の評論で具体的な指揮者評が読めるのは珍しいのでは? ベッカーによれば、指揮者の第一人者はハンス・フォン・ビューローで、ビューローに匹敵するのはあと二人しかいないと断言しています。一人はマーラー、もう一人はトスカニーニ。フルトヴェングラーは? ベッカーはフルトヴェングラーを「持ち前の音楽に対する真摯な姿勢を捨て、表面的な技巧に走るようになった」と批判しています。ベッカーは1937年に亡くなっていますから、以降の戦争やフルトヴェングラーの演奏・生涯をもちろん知らないわけですが、彼がドイツを脱出する前後にそう思わせる具体的ななにかがあったのか? それとも置かれた立場の違いか? 

などなど、アメリカの若い友人たちに向けた?からかもしれませんが、文章はアドルノよりよほど読みやすいし、いまでも古くないどころか考えさせられることが多い。この時代にここまで見通せているのはまさに慧眼というべきでしょう。
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