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2026年03月07日09:20

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松原照子の「世見」(転載)

本日の世見  2026年3月07日(土曜日)

『江戸の湯屋』

あなたは、バターをどのようにして召し上がりますか?
紀元前5世紀頃、ギリシャ人やローマ人は、バターを野蛮な食べ物だとして嫌い、食べようとしませんでした。
バターをどのように使っていたかというと、整髪料、スキンクリーム、医薬品などでした。赤ん坊や幼児などの体を柔軟にすると信じて、塗り薬としても盛んに用いていたといいます。
博物学者のプリニウスは、バターを蜂蜜と混ぜて歯茎に塗り付ければ、歯痛に効くとして勧めていました。

フランスでバターが食べられるようになったのは6世紀頃で、ベルギーでは12世紀です。
このバターは、もともとは中央アジアの遊牧民の間の食品でした。
江戸時代の日本の食文化を見ても、バターは登場していないと思います。
バターが日本の人々に食べられるようになったのは、いつからなんでしょうね。

あなたが今、江戸時代にタイムスリップしたなら、人々が人間らしくいきいきと生きる姿に、体中に熱いものが広がるかもしれません。
特に庶民の生活は、人情味溢れる光景ばかりです。
江戸時代の最盛期には、人口170万人を超える世界一の大都市でしたからね。
あの時代も、庶民は過密な住宅環境で暮らしていました。
火事の多かった江戸では、家に風呂場を置かず、人々は湯屋に通っていました。
湯屋の料金は、大人六文(約95円)、湯屋の2階は別料金で十六文(250円)でした。
江戸っ子は、毎日湯屋に通うほどの風呂好きでした。

江戸前期は、サウナのような蒸し風呂が多く、現在のように浴槽に湯を張るようになったのは、江戸後期になってからです。
熱気を逃がさないように、浴槽の入り口は低く作られていました。
洗い場には「三助」という奉公人が、客の背中を流していたのですよ。
女湯には、軽石と重石があり、軽石でかかとをこすり、重石は二つ打ち合わせて下の毛を処理していたようです。


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