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2026年01月07日14:18

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道野 正

新年は4日から営業だ。
さて、今年も始めますか、と厨房に入ったら、なんだか明るい。
あれ、と思って見回したら、ダクトがやけにキレイだ。
スーシェフが、銅鍋もピカピカですよ、と言う。
「ほんまやな」。
足元を見ると厨房の床の溝も、その先のグリーストラップも掃除されている。

 12月の後半から年末にかけてのウチの店の仕事量はハンパではなかった。
まずテイクアウトの蘇ボックスのクリスマスバージョンだが、これがTVで紹介されたこともあって、例年の倍以上の注文が入った。
それと並行してクリスマスディナー、終わると恒例のお節と、30日の夜までほぼノンストップ。
だから、終わった時には、高齢のオレなどはほぼゾンビ状態で、ある程度片付けたら、あとは来年に回して早々に帰ろうぜと全員に声をかけた。

 バイトから順々に退出、最後に鍵を閉めて帰ろうとしたら、来年から他の店に移籍する若いスタッフが「掃除していきます」と言う。
大丈夫か?疲れてないか?と聞くと、大丈夫だと答える。
それなら任せた、鍵は別棟の更衣室に置いて、ドア内側のプッシュボタンで扉をロックするようにと言い残して店を出た。
疲れて足取りもヨタヨタだ。
そんな状態で歩きながら、そうか、年明けから彼はいなくなるのか、そう思ったらなんだかとても寂しくなった。

 彼は、石川県の調理科のある私立高校を卒業してウチに就職した。
最初に母親同伴で食事に来て、その場で働かせて欲しいとオレに言ったのだが、なんだか覇気のない小僧だなと思ったから断った。
でも、どうしてもウチで働きたいと言う。
それなら年末の繁忙期にとりあえずバイトしてみろ、と言ったら本当に来て、話しかけるとボソボソと受け答えをして、近くのビジネスホテルから3日間通ってきた。
仕事は遅いが根気強さはあったから、まぁいいか、とウチで働いてもらうことにした。
18歳だった。

 22歳になるまで随分たくさんのことを学んだと思う。
魚も上手におろせるし、鶏などもさばけるようになった。
なによりフランス料理の生命線であるブイヨンやフォンも1人で仕上げることができるようになった。
毎日まかないも作ってきたから、守備範囲も広がったはずだ。そろそろかな、とオレは思った。
彼が次のステップに進む時がやってきた。

 信頼できる先を探して彼を託すことにした。
彼に話すと「わかりました」と言ったが、ほんとうは嫌だったらしい。
他のスタッフが、彼を辞めさせないで欲しいと言ってきた。
本人を呼んでもう一度聞くと、できることなら続けさせて欲しいと言う。
オレは迷った。
その時マダムが言った。
「わたしはキミがうちに来た時、勇気のある子だと感心した。ひとりでまるで知らない町に出てきて働くなんて偉いなぁって。なのにその勇気はどこにいったの?」。その言葉でオレたちの迷いは消えた。

 あの後、厨房をこんなにキレイにするのに何時間かかったのだろう。
疲れているのにひとりで黙々と掃除をする姿を想像して、目の奥が熱くなった。
 人の身体はある時期がくれば衰えていくように設計されていると、高名な生命科学者がその著書に書いていた。
常に入れ替わり、更新されることで種は存続していくのだ、と。

 オレは自分の仕事を何らかの形で残したいと思ったことはなかった。
残すほどの価値があるとも思えなかった。
ただ、自分の仕事を、自分に恥じないように続けてきたとは思う。
そして、そこから何かを感じて、それを心の糧にしてくれる人がいるなら、それはそれで幸せなことだとは思っていた。

 蒔いた種が芽を出そうとしている。
夜中に若者が疲れを押し込んで磨いた銅鍋の輝きが陽の光にに見えた。
いい料理人になれよ、と光に向かってオレは言った。
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