本日の世見 2025年6月15日(日曜日)
『カリフォルニア・ゴールドラッシュ』
1848年1月24日朝、カリフォルニアのシャラネダ山脈の麓で黄金を発見。
製材所の主人ヨハン・オーガスト・サターは、スイス生まれながらアメリカに渡って商売を始め、メキシコの領土だったカリフォルニアに移った大地主でした。
アラスカは1867年にアメリカに売却されるまで、まだロシア人の領土でしたが、そこからロシア人は更に太平洋岸に南下して、サンフランシスコの160km程北に開拓基地を設けました。当時2000人ものロシア人がいたと言います。
メキシコの総督はロシアの動きを恐れ、流れ者のサターにサクラメント地方の広大な土地を与えたのですが、ロシア人達はラッコの毛皮を集められず、アラスカに撤退してしまいました。
サターは、ロシア人が去った開拓基地も手に入れ、シエラネバタ山脈の麓まで進出して製材所を建て、そして金を発見。
ただ、この金を発見したのは大工のマーシャル。
ふたりは金の発見を秘密にしていたのですが、一週間もしない内に、噂はカリフォルニア中に広がりました。
ただ驚くことに、製材所の放水路で金を発見してからわずか9日後に、その地はアメリカ領になっていたのです。
カリフォルニアでは2000人以上の人が金を掘っていましたが、ポーク大統領が「噂は真実と言えないことはない」と国会で言ったものだから、1849年にはカリフォルニアはゴールドラッシュの年になったのです。
この年だけで約10万人の人が一攫千金の夢を見て、カリフォルニアに殺到したといいます。
『雪山讃歌』の元歌は『いとしのクレメンタイン』ですが、金鉱掘り「49er(フォーティナイナーズ)」の一人の娘が水死し、後に残された恋人が愛しむという内容です。
「雪よ 岩よ われらがやどり おれたちゃ 町には住めないからに‥‥」
シエラネバダ山脈は9月半ばを過ぎると、大雪のために命を失う覚悟もしなくてはいけません。
それでも一攫千金を夢見た多くの人達は、3200km以上もかけてカルフォルニアに向かったようです。
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