194km死亡事故 量刑には疑問も
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1 若い被告は、刑期を加重すればいい。
被告の立場に立ってみます。満期まで務めても、27で放免。人生をやり直せます。50の被告とは違います。被告が懲りない…という恐れがありますね。もっとも、このタイプの被告は知的ではなく刹那に生きているから、レディース(古いかな?)の姉ちゃんが、25で梅干し化するようなもので、若い時代が絶対かもしれません。
2 是非、客観化が必要である。
「悪いやつは、懲役に処す」という条文があったとしても、それは条文の体をなしません。「悪いやつ」が何を指しているのかわからないからです。
速度、それから飲酒やドラッグ、箱乗りは客観化できます。逆走、蛇行、急停止、高速道路で理由もなく下車するなどもそうでしょう。
それに当てはまらない危険運転は、「…等」「その他、上記の運転と同等に危険だとみなされる行為」という書き方がなぜできないのでしょうか。
法律が浮世離れしている例でしょう。
3 未必の故意の成立要件
縁起でもないですが、ある者が毒入り弁当を作って道路に置いたとします。浮浪者が食べて死んだら、当然、未必の故意による殺人です。
あるケースには適用され、他のケースには、なぜ、適用されないのか。その論理が分かりませんね。
こういうことを書くと、「判例では…となっている」と書く人がたまにいます。
それは、根本的におかしいです。こちらは、判例がおかしい、あるいは、法律がおかしい…と言っているわけですから。
まあ、ここがChatGPTの問題点でしょう。
調べた知識と自分の知恵を混同するという問題です。
昔からいたのでしょうが、若者で、親の金と自分の金を混同しているものがいます。金を持っている。だから私は偉いというように。そこで、一流の割烹などで常連顔をしたり、上客ぶったりする。
あれがいけないのは、虚しさを覚えなくなるからです。
虚しさを覚えるためには、たとえば、単なる学歴や地位ではなく、発表や業績などの自分の達成が必要です。
だから、学歴詐称、経歴の誇称、学歴主義や職業差別は、いけないとも言えます。
「あんなに頑張って、こんな程度なのかよ…」という類の実感があって初めて進歩がありるからです。
その実感を奪うのが、chatGPTです。
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