『高学歴難民』という本があります。
博士課程に進んだり博士号を取っても、就職がない。だから、犯罪に手を染めたり女性のヒモになったりしているという話が出てきます。
連想するのは、こういう事件です。
ある大学の非常勤講師(ぼくとは全く接点がありません)が、大学をクビになりました。そういう事件の場合、99%大学(雇用主)が悪い者ですが…
ミスをした事務員を何人も床に正座させて、「お前たち、博士がどんなに偉いか知っているか…」などと責めたそうです。
まるでマンガみたいなパワハラであり、解雇されるのは当然でしょう。
ただ、多くの「博士号を取ったが就職がない」と嘆く人は、コイツと通底するものを持っているのではないでしょうか。
私の時代は博士号は取らないのが当然でした。
大学院の担当教授が取っていません。だから、自分が取りたいとは思えません。
国際化ということが問題になり、海外の大学に行く際、日本の修士は海外の博士と同じなのに、不当に低く扱われるから出そうという流れになりました。
では、内容はどうでしょうか。
ぼくは、それなりにメジャーなテーマを扱っていますが、ここ二十年で、博士論文として提出された論文のいいものは、一本くらいしかありません。その一本も、今回の論文で批判しました。
内容がないのです。
これではまるで、一時期「大学は出たけれど就職がない」と朝日新聞に載った三流大学生のようなものです。
✕✕産業学院大卒で就職がない。THEをテヘと読む学生が多い大学で、そりゃあないだろう。
『高学歴難民』がルポしているポスドクは、文系、旧帝大が多いでしょうね。
エビデンスがない、お山の大将である。
この二点です。
私が出入りしている研究所が、実は反官学だと知ったのは、御縁をいただいて五年程度たった後ですが、単に反東大というだけではないのは、そのあたりに事情があると思います。
理系ならエビデンスというものがあります。
観察や実験の結果、素晴らしいものだったら、地方の私立大の院生の発見でも価値が認められるはずです。
だから、みんな謙虚になれるのに、それがないという。
学歴主義は、弊害の方がはるかに大きいですね。
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