なぜ若者に「純喫茶」の定番メニューが人気なの? 単なるレトロではない“昭和の喫茶”ブームの背景
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喫茶店の意義。
非日常の比較的センスのいい空間です。
見たものは、強く印象に残ります。
友が、値段や設備などがまことに結構なホテルチェーンを「客質が悪いから行かない」と言っていました。別に、客が酔って暴れるわけでも暴言を吐くわけでもありませんし、そう言う彼はハイセンスな男ですが贅沢者ではなく、長い人生で、お金のありがたみも経験しています。必要なら野宿でも
なんでもしそうですが…しかし、そういいました。その話は「うん」と同意しました。ロビーでウエルカムドリンクがあり、酒が飲み放題なのですが、とうとう行きませんでした。美人の女子大生風の人が酔っ払っていようが、何というか、残されたわずかな人生の中で、視界に収めたくないからです。その女子大生は、おそらく別の空間で出会ったら、一緒にいたい、話したい人だったのでしょう。たとえば、ラウンジに行ったらホステスとして出てきたなど。(キャバクラは嫌いですが)
ちなみに、客層とは、所得や社会的地位とは違います。もちろん、服装や容姿ではありません。
店の従業員なら違和感がなくても、しかし、ラウンジを共有すると同じ種類の人影になります。一緒になりたくありません。向こうだって、「あんな親父と一緒じゃやだ」などと思っているのでしょうが、その辺は棚に上げて。
空間の共有というのはそれほどわがままなものではないでしょうか。
だから、ドトールに初めて入ったとき、「安価でコーヒーを飲みたい人の店だ」と思いました。コーヒーが350円くらいの時代に、150円と確かに安いですが、どの店も内装が同じ。こんな詰まんないところに通うとは、やっぱりコーヒー目当てだなと。
現代では、よくできているとは思いますが、コメダや星乃珈琲も内装が同じなので飽きました。
見た映像は、決して消えることなく積み重なり、過去として振り返られます。
そして、
過去を振り返るとは、プルーストやパトリック=モディアノのように、よどんだ記憶の海から何かをサルベージすることでしょう。
…散らかった喜多見の下宿、非常に哀しかった五号館掲示板、アルバイトで行った新小岩中のプールに浮いて深夜に見た星空、道玄坂を登っていく、真昼間の狛江…
パトリック=モディアノ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%8E
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