一昨夜、宇都宮を台風14号が通過しました。
夜、暑くて目が覚めた覚えがあります。
昨日の朝も暑かったので、コーヒーをアイスにしました。
ところが午後になって急に気温が下がりました。
半袖のTシャツに半ズボンでいたのですが、
長袖を引っ張り出して着ました。
昨日は彼岸の入りでしたから、
正に暑さ寒さも彼岸までだと思いました。
お彼岸になったので、今日墓参りをしてきました。
中日は霊園が混みますし、今年は天気が悪いとの予報です。
弟も完全に退職したので、時間にゆとりがあります。
そんな事から、今日行ってしまおうと言う事になりました。
同じように考える人が多いのでしょう。
霊園には結構人がいましたが、やはり高齢者が多い感じでした。
高齢者マークの付いた車を何台も見ました。
今日は朝から晴れました。
台風一過と言いますが、そんな感じで久しぶりに青空が見られました。
霊園の中は、台風で折れた木が道路に落ちていましたが、
空気が綺麗な感じで、とても気持ちが良かったです。
彼岸は、浄土思想でいう「極楽浄土」が西方にあり、
1年の内で2度、昼と夜との長さが同じになる春分と秋分は、
太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、
遙か彼方の極楽浄土に思いをはせたのが彼岸の始まりとの事です。
それがやがて、祖先供養の行事へと趣旨が変わって定着しました。
しかし、彼岸の行事はインドや中国の仏教にはないことから、
日本独自のものとの事です。
民俗学では、元は日本古来の土俗的な太陽信仰や祖霊信仰が
起源だろうと推定されています。
日本で初めて仏教行事としての彼岸会が行われたのは、
806年(延暦25年)との事です。
『日本後紀』に、
「毎年春分と秋分を中心とした前後7日間、
「金剛般若波羅蜜多経」を早良親王のために転読させた」とあります。
早良親王(さわらしんのう)は、桓武天皇の同母弟で、
皇太弟に立てられましたが、
藤原種継の暗殺に関与した罪により廃され、絶食して没した人物です。
その怨念を鎮めるために命じられたもので、
これを命じた太政官符では以後恒例とするようにしていて、
後に彼岸会になったとの事です。
なお、明日も所用により、日記などを休ませて頂きますので、
お含み置き下さい。
【今日の一句】
さあ作ろう 明るい家庭を 君と僕で
もう遅いようで・・・
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