昨日のネットのニュースにも載っていましたので、御存知の方も多いかと思いますが、
九尾の狐(きゅうびのきつね)伝説で知られる
栃木県那須町湯本の国指定名勝「殺生石」が真っ二つに割れたことが
5日に分かりました。
関係者によると数年前からひびが入っていたことが確認されていて、
自然に割れたとみられるとの事です。
殺生石は、那須町の温泉街から歩いても行ける所にあります。
那須地域の昔からの観光ポイントですので、行かれた方も多いと思います。
殺生石は、那須茶臼岳の溶岩です。
石の周囲から、硫化水素や亜硫酸ガス、砒素などの有毒ガスが噴出していたため、
近づく人や動物などが命を落としたことから、
生き物を殺す石という意味から転じて、その名がついたと思われます。
この石には2つの伝説があります。
1つは、有名な九尾の狐の伝説です。
九尾の狐は、その名の通り、九つの尾を持ち、金色の毛に覆われた狐です。
この狐、実にグローバルな活躍をしていたと伝えられています。
中国の殷の紂王の妃姐己になって、王を惑わし悪事の限りを行いました。
やがて、太公望らに滅ぼされると、
今度はインドに行って、斑足王の后、華陽夫人となって、やはり悪事を行います。
これまた、見破られると、再び中国に戻り、
周の幽王の寵姫褒似になって、国王を惑わせたと言うことです。
その後、日本に来て、鳥羽上皇の頃、玉藻の前と言う絶世の美女となり、
上皇の寵愛を受けますが、上皇の変貌に気づいた陰陽師に正体を見破られ、
上総介広常、三浦介義純の二人の弓の名人に追われ、
那須まで逃げて来たところで、退治され殺生石となります。
石となっても、近寄るすべての生き物を殺していたので、
この石の魔力を取り除いたのが、玄翁和尚です。
玄翁和尚は、源翁心昭とも言う南北朝時代の実在の人物です。
この和尚さん、なかなかすばしこい方だったようで、
兄弟子が殺生石退治に行くよう師匠に命じられて、
秘密の呪法を授けようとしたのが面白くなく、床下でこの呪法を盗み聞きして、
一足先に那須に出掛け、大きな金槌で殺生石を砕きます。
大工さんや石屋さんが使う、大きな金槌を「げんのう」と呼びますが、
その語源となった出来事でした。
砕かれた石は、全国各地に飛散したと言われていて、
九州や中国・四国にまで飛び、祀られている地域もあるようです。
従って、今回割れた石は、その残りと言う事になります。
この玄翁和尚の墓が茨城県の結城市にあります。
詳しくは下記をご覧下さい。
http://tennnennkozimitearu.seesaa.net/article/477370609.html
殺生石の割れる前の姿は、下記に載せてありますので、宜しければご覧下さい。
http://tennnennkozimitearu.seesaa.net/article/a56546166.html
割れた後の石は、下記の下野新聞の記事に載っています。
https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/561829
殺生石は、上述のように那須の観光の1つの目玉です。
周辺の園地整備も行っています。
これから、どうするのでしょうね?
【今日の一句】
梅祭り 毒に気を付け 遊ぼうね
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