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2020年12月29日19:03

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江戸の情報屋・・・

 江戸時代末期、江戸の町に情報を売っていた人がいます。
 将軍が上野東照宮への参詣するための御成道(おなりみち)の途中、
 現在のJR秋葉原駅の西口辺りで、
 筵を敷いて古本屋を営んでいたのですが、
 彼が扱うのは、本よりも情報だったようです。

 この古本屋、「御成道の達磨」とあだ名が付いています。
 壁に向かって動かなかった達磨のように、店先に座り込んで、
 素麺箱を机代わりに、日中せっせと何やら筆記していた事から付いたようです。
 彼の本名は須藤由蔵で、今の群馬県藤岡市の出身の人です。
 江戸に出て古本屋を営み、屋号は「藤岡屋」としていたようで、
 本屋の由蔵なので、「本由」とも呼ばれていたとの事です。

 この由蔵が生涯に残した日記は250冊ほどになります。
 日記の期間は、
 1804年(文化元年)から1868年(慶応3年)の65年に及んでいます。
 内容は幕府の政策や人事、幕末の世相や江戸の事件、噂話で、
 瓦版などからの抜き書きも含まれています。
 原本は関東大震災で焼失しましたが、明治時代に筆写した物が残っていて、
 「藤岡屋日記」として出版されています。

 この由蔵が日々の噂話を書き留めておいたのは、
 今の通信社のように、情報を売るためでした。
 誰がそのような情報を買うのかと言うと、
 買い手は、各藩の江戸留守居役です。
 江戸留守居役と言うのは、江戸時代の外交官のような役職でしたから、
 由蔵から情報を仕入れて、藩への報告に使ったのでしょう。
 実際に情報収集を行わずに、手軽に買える訳ですから、
 留守居役などには重宝されたのだと思います。

 彼の商売の様子を四代目廣重を名乗っていた菊池貴一郎が目撃し、
 「江戸府内絵本風俗往来」の中で由蔵のことを、
 「顔色渋紙の如く、頭髪蓬々たりしを 手拭いにて包みたり。
  怪しむべきは、身柄よき武家の来たりて、
  破筵の片辺に着座して何か談話して
  余念なき様を見しこと数度なりける」と、
 得意のスケッチ入りで書いているとの事です。
 情報を売る行為は、江戸時代の庶民には奇異に写ったのかも知れません。
 「本由は 人の噂で 飯を喰ひ」との川柳が残されています。

 今日は、一日買い物やら片付けものなどをしていました。
 このコロナ騒動の中なので、息子達は帰省しない事になっています。
 そのため、そんなに一生懸命やる必要もないのですが、
 ここでやって置かないと、この先いつになるか分かりませんので、
 一通りやろうかと思いました。
 しかし、何か疲れてしまいました。
 そのため、以前別の所で書いたものをリライトして、お茶を濁させて頂きました。
 明日は、一応掃除をしようかと思っています。
 あるいは疲れて日記を休むかも知れません。


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