5日ほど日記を休みました。
25日は、午後3時からの会議があって、何時に終わるのか分からなかったし、
26日出掛けるための準備などもあり、日記を休みました。
26日からは、いつものように大人の休日俱楽部パスを利用して出掛けました。
新型コロナウイルス感染が拡大しているこの時期に、
出掛けて良いものかどうか、かなり迷ったのですが、
余り密になる所に行くつもりもありませんでしたし、
この機会を逃したくない事もあったので、
感染予防を徹底して、出掛ける事にしました。
今年の3月14日に、常磐線が全線開通しました。
その時から、常磐線で仙台まで行ってみたいと思っていたので、
今回はこれを実行する事にしました。
常磐線は水戸からいわきまでは乗った事がありますが、それ以外はありません。
東京の上野から、仙台まで特急が出ていますが、1日3本で、
午前8時の次は午後1時になってしまいます。
いわきや勝田までは概ね30分に1本程度の特急があります。
宇都宮からこの8時の特急に乗るためには、
上野に行くか、小山から水戸線で水戸に行って乗るか、
福島県の郡山に行って、磐越東線でいわきに出で乗るかの3通りあります。
しかし上野から水戸までの常磐線に乗った事がないので、
少し朝早くなりましたが、上野に出る事にしました。
常磐線沿線、土浦辺りまでは家並が続いていて、
宇都宮線よりは人口の集積があるなぁなどと考えていました。
仙台までは、4時間半位ですが、
途中の双葉町に、
「東日本大震災・原子力災害伝承館」が今年の9月20日に開館したので、
双葉駅で降りてこれを見ようと思いました。
東日本大震災と福島第一原発の事故は、僕も仕事として携わった事もあり、
2012年8月には、福島第二原子力発電所にも行った事があります。
あの辺りがどの程度復興しているのかも見てみたいと思いました。
双葉駅に着いたのが午前11時10分です。
駅から伝承館まで、無料のシャトルバスが出ていました。
時間にして5分位ですが、
周辺の地域は、まだ帰還困難区域になっているようで、
震災から10年近くになりますが、まだそのまま残されて家が多数ありました。
伝承館は、総工費53億円とのことでしたが、素晴らしい建物でした。
プロローグで、西田敏行さんがナレーターを務めた5分ほどの動画で、
原発が出来た頃から東日本大震に至るまでの簡単な説明がありました。
展示室内は写真撮影が認められていませんでした。
災害の全容が網羅されている感じがしました。
地元の方など何人かが実名で経験などを述べている動画などがありました。
伝承館の前には、産業交流センターとして立派なビルが出来ていました。
5階建てだったと思いますが、
3階以上には東電の復興関係の機関が入っているオフィスビルでした。
1階が土産品などの販売と飲食コーナーがありましたので、
そこで有名な浪江焼きそばを食べました。
太い麺で、モヤシが沢山入っていて、ドロドロのソースで味付けされていました。
見た目は今一つの感じでしたが、味は美味しかったです。
交流センターの屋上に上がると、周辺の様子がよく見えました。
海岸線では防波堤の工事が進んでいましたし、
汚染物質の中間貯蔵施設の整備が進められ、大きなフレコンバッグが多数見えました。
総じて、もっと復興が進んでいるかと思いましたが、まだまだの感じがしました。
双葉町では、依然として全町民避難が続いていますし、
伝承館の周辺は立ち入る事は出来ますが、泊まる事が出来ない状況です。
常磐線の車窓から、Jヴィレッジなどが見えるかと思いましたが、
被害が酷かった地域では、常磐線は1kmほど内陸に移設されましたので、
余り周辺の状況が見られませんでした。
双葉駅の下り方面は午後1時10分で、その次が午後4時になってしまいますので、
1時10分の原ノ町行きに乗り、原ノ町で降りて街中を歩いてみました。
現在は、原町市は合併によって、南相馬市になっています。
僕は高校生の頃友達と原ノ町に来た事がありましたが、記憶がほとんどありません。
街中を歩いても何も思い出せず、原ノ町駅から仙台行きの在来線に乗りました。
車両の一番前に座っていたら、女性が運転していてその様子がよく見えました。
女性が運転する電車に乗ったのは、初めてだと思います。
指差し確認をする手の動きなどが優雅だなぁと思いながら見ていました。
仙台に着いて、そこから宇都宮に帰って来ました。
お分かりかと思いますが、一筆書きが完成しました。
この日の写真をアップしましたので、宜しければご覧ください。
http://photozou.jp/photo/album/2882708
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