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2020年08月10日18:12

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大文字・・・

 昨日の報道によると、
 京都の夏の伝統行事「京都五山送り火」で「大文字」がともされる如意ケ嶽で、
 8日夜、「大」の文字がライトアップされていたとの事です。
 見た人の話によると、
 「例年のゆらゆらした送り火とは違い、
  青白くくっきりとした人工的な明かりだった」との事です。
 どのような人が行ったのか、続報がありませんが、
 かなり大掛かりな悪戯だったような気がします。
 大文字保存会の理事長さんは
 「ご先祖の霊をお送りするため、長い時間をかけて準備を進めているところで、
  腹立たしい。」と語っているとの事です。

 新型コロナウイルスの影響で、今年の「京都五山送り火」は、
 「火床(ひどこ)」と呼ばれる火をともす場所の数を大幅に減らし、
 「大」などの文字は浮かび上がることがないと決まっています。
 それを踏まえての悪戯だったのでしょう。
 宗教行事だから、許されるべきではないと言われる方も多いでしょうし、
 前述の理事長さんの言葉もそのような趣旨なのでしょう。
 人それぞれのお考えはあろうかと思いますが、
 僕は、悪戯が好きなので、
 新型コロナウイルスで閉塞感がある中での、愉快な悪戯だと思いました。

 京都五山の送り火は宗教行事ですが、
 観光イベントになっている事も間違いありません。
 五山の点火時間は、1962年までは、まちまちでしたが、
 観光業界からの要請によって、
 1963年から大文字が20時に点火され、
 その後一定の間隔で次々と点火されるようになりました。

 しかも、お盆とは関係なく行われて来た経過もあります。
 1890年(明治23年)4月8日、琵琶湖疏水竣工祝賀夜会で灯されました。
 また、1891年(明治24年)年5月9日には、
 ロシアの皇太子ニコライ(後のニコライ2世)の入洛に際し、
 歓迎の意を表して点火されました。
 このニコライ皇太子が大津市で巡査津田三蔵に斬りつけられた
 大津事件が起こったのは、5月11日の事です。
 1894年(明治27年)5月15日には明治天皇の京都訪問に合わせ、
 日清戦争勝利祝賀のため点灯されましたし、
 1905年(明治38年)6月には日本海海戦での勝利を祝し、
 また同じ年の11月には海軍大将・東郷平八郎の凱旋に際して灯されています。
 さらに、1935年(昭和10年)4月には、
 満州国皇帝・愛新覚羅溥儀が京都を訪れた際に、
 大文字を灯して歓迎の意を表しました。
 最近では、2000年(平成12年)12月31日に
 京都市の「21世紀幕開け記念事業」の一つとして灯されました。

 亡き人を送る祈りを火に託す人もいるでしょうし、
 単なるイベントとして考えている人もいるのでしょう。
 今回の悪戯、京都の人はどのように感じたでしょうね?


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