休みなのにまちがえて、藤沢まで出勤しそうになりました。
途中で同僚のFacebookをみて、気づき、新橋から引き返しました。
ところが、帰宅後、やる気が起きません。
仕事をやりたくない、面倒だから本を読みたくないなどは、わかります。
面倒だから、寝れないという、異常な事態でした。
頑張って寝ようとしましたが、昼寝は出来ません。
夜はある人から教わった秘法ですが、子の刻、丑の刻の間、眠れなくても目を閉じて安静にしているようにしました。
確かに、眠れないではなく、眠れないから起きて作業をしたり酒を飲んだらするからいけません。静かにして目を閉じていれば、休息になります。もっとも大概は、そのうちに寝てしまうものです。昨日もいつのまにか寝てました。
やる気が起きない。
ここで、世間一般に合わせたり、世間一般の価値観から反省することはないです。
ものごとには、必ず理由があります。
おそらくは、もっと価値があることを求めているのでしょうね。こういうときに、内面の声を聞く、菜根譚でいう、屋根の主人公の声を聞くことがあります。内面から呼びかけてくる、なんだ、これっぽっちかよという言葉をどうとらえるか。そこが、岐路です。逆に、成功の感動に浸るようでは、ダメですね。
ただ、何というか。。
倦怠感は一例に過ぎませんが、人間の感情はあらかじめ仕組まれていて、出来事に関係なく感情が湧き起こるといえ気もします。怒っているひとは、理由を必死に探して怒る。その仕組み、特に人文的な仕組みは何だろうとも思います。
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