むかーし読んだ田辺聖子の小説、正確には現代語版の源氏物語なんだけど、
これにあった言葉。
「人と人との縁は会っているときだけ。一瞬後には死んでいるかも、次はもうないかもしれない」
「だから会っているときは、お互い心をこめて優しくしあって過ごす」。
最近、この言葉がしみじみと思い出される。
あの言葉を読んだときは、印象的な言い方だ、と思って覚えていたけど、
きちんと理解はできてなかったと思う。
震災のあと、朝何事もなく「いってらっしゃい」と言った家族が帰らない話、
ちょっと見てくると出た家族がすぐそこで津波に飲まれた話、
避難して無事なはずと思った家族が避難できてなかった話、を
山のように聞いた。
その後、ご遺体が見つかれば悲しくても納得できるけれど、
何もなければ心のどこかで納得できない、中途半端な状態が続く。
「会っているときだけが縁」というのは、そういう状態を説明するものだと思う。
説明、というのもうまい言い方ではないけれど
人と人というのは、そういうものなのだ。
すごく仲良しの間柄でも離れたことのない家族でも、
一瞬先はわからない。
病気で倒れるかも、交通事故に遭うかも、そんなことは予測できない。
震災の津波と全く同じだ。
予測できないことは起きないことではなく、突然やってくることだ。
今ある幸せはいつまでも続く、
この人と明日も会える、
そう思うのはいいことだと思う。
ただ、実際にはそうではない。
人はもろい生き物で、縁ももろい。
だからこそ、顔を見ているときが大事なのだ。
親しいのに言い争いしたり知らんぷりしたりするのは、
多少は人生のスパイスかもしれないけど、
そのまま会えなくなったら一生後悔する。
だから会っている間に仲直りして、にっこり笑って
「じゃあまたね」と言うようにしたほうがいい。
本当にそう思う。
そう思う一方で、大事な人の顔を見られる幸せが
いつまでも続きますようにと願わずにもいられない。
もろい人、もろい縁だからこそ、願わずにいられない。
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