友人が住んでいる都下の古屋の屋根裏に、ハクビシンが住んでいます。
何でも二週間に一度程度、寝に帰ってくるようで、普段はその辺りの果物を荒らしているのだそうです。問題は、懐かないことと、フンです。仕方がないので、入って来れないように網を張るそうです。
しかし、他で食事をとり、たまに休みに来るのはかわいいですね。
フクロウやミミズクは、生餌が必要だそうですね。生きているヒヨコなどを殺し、殺したてを上げなければならず、肉屋で生肉を買っても食べないから大変だそうです。飼育下の死因のトップは餓死だそうです。飼い主がヒヨコを殺す作業に嫌気がさして、給餌が疎かになるとか。とても懐くらしいですが。
そう考えると、ネコは最高です。
飼い主と同じものを食べてフンをまき散らさないと、こちらと生活が合い、距離をとりつつ懐くと。
多分、人間もネコのような関係になれば、気楽な関係を結べると思います。
夫婦も親子も。
(我が家は、子どもに進路などの押し付けがなかったので、その点では、比較的に良い関係が結べました。)
それがなかなか出来ないのは、やはり、住宅ローンだの進学だのという難題(他人が作ったストーリー)に縛られ、距離を置かない同居が当たり前になっているからでしょうね。
ところで、
休酒が四日目になりました。
三日がとりあえずの目標でしたので、まずはよし。幸いなことに私はアルコール依存症ではなく、いつでも止められるから、大した課題でもないのですが、最近、なるほど…と思ったことがります。
禁酒や休酒のブログはあふれていますが、
「無関心型禁酒」というものがありました。
酒をやめようという意識すら持たない、我慢しようというのではないのがミソです。
これぞ、『快庵的傳大中寺禪室内秘書』の極意。
止めようと思うと、その裏側の飲みたいという想念に悩まされると。
学生をみていても、「巨人の星」のようなど根性型は、ほとんど失敗します。成功しても、いい形にはなりません。せいぜいが、たとえ東大に入ったとしても二流の成果であり、古文でいうと品詞分解は出来るが、深いところはわからないという状況です。
昔、小西甚一が「通釈万能院」「品詞分解居士」と言ったのは、勉強が自己目的となり、もはや生きた人間とは言えない状況になったことを指しているのでしょう。
歯を食いしばって、ゲームを止めて勉強するのではなく、関心を持たなくなる。そうすると勉強も進みます。
酒も、「なに、ソレ」と意識しなくなれば、飲まなくなるでしょう。
目標がなくなれば、皆も気楽に付き合えるでしょう。
ネコと戯れるように。
また、目標がなくなったら、世間のトレンドに絡めとられない、その人の本当にやりたいことが明確になるでしょう。未来のために我慢してやるのではなく、心底願ってやると。何でもできそうな気がします。
ネコの脳は、未来を考えるところが発達していないそうです。
無理ですが、そうなったら、人は仕合わせになるでしょうね。
東京・杉並区のミミズク死ぬ
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=5513216
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