この方は、戦争経験者どころか、従軍した情報将校でした。
『戦場のメリークリスマス』の原作者である、ローレンス=ヴァンデルポストと同様、通訳です。
キスカ島撤退作戦の後、「ペスト患者収容所」と書いた、ウソの看板を訳してしまい、米軍をパニックに陥れて、自分も後方に移送されたエピソードがあります。
アメリカの日本文学研究者は、
明治期の宣教師(布教のために日本文化を学んだ人)
例 ヘボン
戦前戦中の軍人(二次大戦のために養成された情報将校)
例 ドナルド=キーン
戦後の一般人
例 ロバート=キャンベル
の三期にわかれると言われますが、
第二期の代表的な人を失いました。
駒込の街に溶け込んで、好物の揚げ出し豆腐を買いに行ったりと、静かな生活だったそうですね。
ドナルド・キーンさん96歳死去
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=5511348
ドナルド=キーンさんは、日本文学を本当に何でも読んでいる方です。
あの読書量は、毎日、一番厚い岩波文庫を四冊読んだくらいでしょう。
生活の大部分が読書でしょうね。
もしかしたら、係累が勉強に邪魔だったから独身を選んだ人かもしれません。
金銭の大部分が研究だという人もいます。
…ある高名な旧帝大の教授のブログに、「弁当屋の××亭のから揚げが、今日は、大きかった。ラッキー」などと、いつも載っていましたが、ある時、その先生が、大量の貴重な掛け軸をコレクションしていることに気が付いて、つくづく、恥ずかしくなりました。私には、とてもできないことです。
このお二人は、一流ですね。一流とはそういうことで、他の全てを犠牲に出来る人のことだとしみじみ思います。
にもかかわらず、
キーンさんの場合は、やはり外国人です。
マルグリット=ユルスナールなど、フランス人も同じです。
論文は、心に残りません。日本人が書いたものは、大失敗作でも心に残るものが多いのですが。評論は可能ですが、本国人でないと研究は出来ないものです。たとえば、お地蔵さんがあるとして、そのお地蔵さんに対する、原初的呪術的な感情を外人は持てないからです。受洗した日本人が、どこそこにあるマリア像を見ても、どこか観念的なあこがれになってしまうのと同じです。
…だから、わたしは、欧米文学の研究に進むことを断念しました。正しかったです。もしも、フランス文学などをやっていたら、一生を棒に振るところでした。
ご冥福を心からお祈り申し上げます。
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