私にとってよい考えるきっかけになりました。
以下、1 万人が教養を身につける権利がある。 2 医学部は教養を提供する機関ではない。3 テストは伸びしろを測るための手段である。
の三点について述べたいと思います。
1 万人が教養を身につける権利がある。
たとえ、卒業した翌日に命がなくなるとしても、誰もが教養を身につける権利があります。権利だからです。社会貢献などの条件はありません。
しかし、現実には、テストと学費という関門があります。
だから、この考え方で行くと、テストを廃止し学費をタダにするか、大学教育を別の考え方でとらえるかどちらかか、あるいは両者の折衷型を考えるか…ということになりますが、
最大の問題は、医学部が、万人が持つ権利である「教養」を提供する場であるか? ということです。
2 医学部は教養を提供する機関ではない。
私は高1くらいの時に、精神科を学びたいと考えました。
今にして思うと、ポパーの「反証可能性」ですが、フロイトやアドラーの考え方が、正しいようにも間違っているようにも思えて興味深かったからです。
ありがたいことに母の友人の女医がアドバイスしてくれました。
「精神科だけを学ぶのは不可能だ。学部は全てをほとんど均等に学ぶからだ。かといって、文学部心理学科は勧められない。医者になると腹を決めるか、方針を変えるのがいい。」
私は、文転しました。
後から知ったことによると、投薬の問題があります。また肝臓病などで意識がおかしくなった人もいるでしょうから、医学全般に通暁していないと務まらないでしょうから、おばさんの言ったことは素人が考えても、もっともです。一番よかったアドバイスは、文学部心理学科に反対したことです。おばさんはもうお亡くなりになりましたが、改めて心から御礼申し上げます。
私は国文に進みました。まさにユニバーシティでして、国文のことはほとんどやらず、海外文学を読んだり、同級生(ライター、新左翼、写真家…)の強い影響を受けました。勝本富士雄先生のアシスタントになったり、何屋さんか訳が分からなくなりました。
医学部はそういう意味での大学ではないですね。医師となるのが目標の教育機関です。
3 テストは伸びしろを測るための手段である。
1で述べたように、権利というならテストも廃止し、学費はタダにする考え方もアリでしょうね。
だが、医学部の場合、2で述べたように、教養を身につけるのが第一目標の期間ではありません。
仮にテストというものを認めるとしても、
「テストは学力を計測する手段に過ぎない」
ということは、強調したいと思います。
民事訴訟でも、借用書は債務を証明する手段であり、他の方法で証明できればいいそうですね。
借用書と債務はイコールではないと。
だから、テスト以外で学力や伸びしろが確認できれば、テストを行わなくてもいいでしょう。
逆も然りです。
テストでいい成績をとっても、何らかの事情で将来性がないとわかれば、入学を認めないのはアリです。
65歳 日立製作所研究開発部門の人は、まさにそれに当てはまるでしょうね。
もちろん、入学案内に明記しないとフェアではありません。
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