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2017年12月03日19:50

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フォーク・クルセダース・・・

 昨日は、夕方突然東京から知人が来て、駅前の喫茶店で相談に乗っていて遅くなり、
 疲れてしまってパソコンを開けないで寝てしまいました。

 昨日、元フォーク・クルセダースの
 はしだのりひこさんが亡くなったとのニュースがありました。
 享年72歳だったとの事です。
 はしださんは、フォーク・クルセダースの後も色々なバンドを組んでいましたから、
 「フォークルの」と言うのはご本人の本意ではないかも知れませんが、
 やはりその印象が強烈だったような気がします。

 フォーク・クルセダースがデビューしたのは、
 1967年(昭和42年)の頃だったと思います。
 当時中学生だった僕は、「帰って来たヨッパライ」の斬新さに驚いてしまいました。
 その他、「悲しくてやりきれない」や「水虫の唄」も良い曲でした。
 「イムジン河」が何故放送禁止になったのかが分からず、
 色々友達と話したこともありました。
 1968年には、フォークルが解散してしまい、とても残念だった覚えがあります。
 解散後、はしださんはフォークソングよりも歌謡曲に軸足を移したような
 感じがしましたが、「花嫁」などの名曲を作曲しました。

 僕は、日本のフォークソングの先駆けがフォーク・クルセダースだと思っています。
 少なくてもフォークソングと言うジャンルを認識するようになったのは、
 彼らの活動があったからだと思います。
 そのフォーク・クルセダースが活躍していたのが京都でした。
 そして、どちらが先か正確には分かりませんが、
 岡林信康さんや高石ともやさんなどが活躍していたのも京都で、
 京都は、フォークソングの発祥の地だと思っています。

 当時の京都府の知事は、7期28年務めた、蜷川虎三でした。
 ご存知の方も多いかと思いますが、彼は当時唯一の革新系の知事で、
 社会党や共産党が支持していました。
 京都は千年の古都ですが、若者の文化を生み出したのは、
 自由な革新系の府知事の下だったからと思っていました。
 学生時代、京都に友達がいたので、時々行っていましたが、
 新しい文化を生み出している渦中で生活している彼らを羨ましく思いました。

 先日、京都に行きました。
 街の中を歩き回りましたが、今、京都の若者たちはどうなのだろうと考えていました。
 僕自身、最近の若者文化に触れる機会が少なくなっていますので、
 分からないのかも知れませんが、
 京都発の文化があるのかな?と気になりました。

 はしださんの逝去から、少し話が横道に行ってしまいましたが、
 彼らの生み出したフォークソングを思い出しながら、
 当時の事などを考えていました。

 今日は12月の第一日曜日です。
 恒例の福岡国際マラソンですが、コンディションが良かったのでしょう、
 ノルウェーのソンドレノールスタッド・モーエン選手が、
 大会歴代2位となる2時間5分48秒の好タイムで優勝しました。
 日本人選手では、大迫傑選手が日本歴代5位の2時間7分19秒で、
 日本勢トップの3位に入りました。
 大迫選手は良いレースだったと思います。

 大迫選手がゴールしたのを見てから、
 大学ラグビー対抗戦の早明戦を見ました。
 既に明治が1トライ1ゴールしていましたが、
 すぐに早稲田が取り返して同点になり、更に明治が1トライ1ゴールを決めて、
 7点リードで後半に入りました。
 後半も一進一退でしたが、29対19で早稲田が負けてしまいました。
 明治のバックス陣のスピードが勝っていた感じでした。
 両チームとも、しっかりとしたディフェンスで見応えがある試合でした。


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