「月山富田城」登城の続編です。
月山は標高197m。
永禄9年(1566年)11月、難攻不落を誇る要塞城であった為、さすがの毛利勢も手こずり兵糧攻めでやっと落城させている。
さて、山頂部を目指してこの急斜面をさらに登る事になる。
↑(TOP画像)
「七曲」
ここは「山中御殿」から山頂へ繫がる軍用道になる。
斜面が急こう配なので山道は蛇行させている。
しかし、観光整備事業により、山道は手摺とコンクリートの石畳み階段で造られており非常に登り易くなっている。
確かにこれだとかなり歩行が楽になるが、史跡探訪地としては非常に残念でもある。
この点は賛否両論ではあるが・・
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山の斜面の樹木はすべて伐採されており、山頂部までの高低や周囲の景観がよく分かる。
こんな快適な山城は全国でも非常に珍しいだろう。
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上から見降ろすと山頂までの高さが良く分かる。
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「袖ヶ平」(そでがなり)
「七曲り」を登りきった所にあり、西方を監視する櫓があったと伝わる。
さぁ、ここまで登ると最高のご褒美がある。
周囲の展望が実に素晴らしい。
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富田川を挟んで広瀬町城下町が眼下に見える。
かつては対岸に対峙していた毛利軍が押し寄せている。
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北側の遥か遠方に宍道湖の中海が確認出来る。
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「三の丸」の石垣
ここから「二の丸」「本丸」は南東方向に長く伸びている。
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「二の丸」
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「本丸」から見る「二の丸」
間に堀切(深さ7〜8m)で仕切られいる事がよく分かる。
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「本丸」
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「山中鹿介幸盛記念碑」
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「勝目高守神社」
平家の武将・藤原景清が築城(保元平治/1156〜1159年)した頃のお社。
つづく
・過去の関連日記
尼子に敵対する毛利の拠点は以前に探訪している。
こちらもかなり大きな山城でした。
安芸探訪−3/吉田郡山城跡(前編)(2015年12月25日)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1948911644&owner_id=8437995&org_id=1948935976
安芸探訪−4/吉田郡山城跡(後編)(2015年12月26日)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1948935976&owner_id=8437995
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