仮に、お金がかかるから社会に迷惑だというなら、
たとえばの話、
高校は、ほとんど廃止しなければならない。
高校の教科内容をマスターして高校を卒業している人は、一学年、50人程度しかいない。
私も、高校時代はまじめだった方だと思いますが、教科内容をマスターしたと言えるのは、国語、日本史、倫理程度です。外国語もあるべき水準には達していません。
もっとわかりやすくいうと
端からやる気も能力もない生徒が集まった底辺女子高に、物理の専任の先生が二人もいて、年間二千万以上の人件費を掛けている、あれを即座に廃止しようというのなら、まだわかる。
他にも…
一万円札を敷き詰めたような舗装道路に、排気ガスをまき散らして楽しみのために車を走らせたり、
健常者がやっていることは、ロクなことではない。
この問題は、
いろいろな角度から論じることができると思いますが、
1 健常者側が、社会の貢献し、無駄な税金を使っていないと、アプリオリに思い込んでいるということ。
2 そもそも、お金とは何か、社会貢献とは何かを全然わかっていないこと。
この二つが気になりますね。
どんな業界でも、
今すぐ消えた方が社会のためだという会社はあります。
また、お金とは、人から取るものです。
社会貢献の証でも何でもないです。
端的に言って、頭が悪すぎると思います。
“障害者”の「命」子どもにどう伝える? 殺傷事件から考えるべきこと
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=132&from=diary&id=4118089
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